6/6小春Happy BirthDay!2014



6.湯煙の奇跡?

『一番風呂っちゅう話や!!』

練習を終えていの一番に大浴場へ駆け込み、勢いよくジャージを脱ぎだす。
共同風呂の利用時間は夕方から夜にかけてなので、選手によっては練習後簡単にシャワーのみ浴びて、食後にゆっくり大浴場まで来る者もいれば、とりあえず食事してから風呂場に行く者もいる。練習を終える頃にはお腹がかなり空いている状態のため、このようにシャワールームではなく最初に大浴場に来る者はカラスの行水の如く、言葉通りの『ひとっぷろ』ですぐさま食堂へ向かうことが多い。

一番風呂に入ってやると意気込み、練習後に皆がシャワールームへ向かう中で一目散に自室へ向かい着替えを取り、大浴場へと駆け込んだ四天宝寺のスピードスター。他の人の姿は見かけなかったので、自分が一番に違いないと無人の脱衣所で脱ぎっぷりよく素っ裸になり、ジャージをカゴに突っ込もうとしたら端のカゴに先客の着替えらしき衣類を発見。色合いを見れば勝ち組のジャージで、自分より早い中学生がいるだと?!と面白くなさを感じつつ、誰が『一番風呂』なのか見てやろうとお風呂場に入っても、洗い場、浴槽、サウナどこにも先客の姿が見えない。

もしや脱いですぐトイレにでもいったのか?
それなら自分が一番乗りということで間違いないな!


―チームメートに『幸せな思考回路やな』などと言われそうだがそこは置いといて。


とりあえずかけ湯を浴びて大きな浴槽にダイビング。
すぐさまあがり洗い場で上から下までハイスピードで洗い終えたら、少しだけまたお湯につかり、食堂に行くとするか。

それなら皆のようにシャワールームで汗を流せばいいのに、四天宝寺の彼は『一番風呂』にこだわりたかったらしい。


(誰もおらんと、ゆっくりできて極楽やなぁ。白石も財前も、先に風呂に入ればええのに)


タイミングが悪いと芋洗い状態になるので、それを避けるべくいつも、食後だとしても早めに大浴場へ来るようにしている。けれどたいがい同室の従兄弟や同校の友人らと来るため、今日のように一人で誰もいない風呂を独占するなんてことは無い。


そう、誰もいない大浴場。
一人だけの贅沢な空間。
やはり一番風呂でその後も人が来ないってのは格別、最高!


(……ん?)


一人っきりを満喫……なんて思いながら何気なく見渡した露天風呂の入り口。
そのまま視線を下げたら……

(足跡…?誰か、おるん?)

そういえば脱衣所の『先客』はトイレにいったと決め込んでいたけれど、実は露天風呂にいたのか?
それならば。

(誰やねん)

自分を差し置いて『一番風呂』を勝ち取った同じ中学生の顔を見てやろうと、露天風呂へ向かうことにした。
勝ち組のメンツでのんびり露天風呂につかりそうなヤツは誰だ。
温泉の素が好きで、自宅から持参したソレを大浴場に入れようとして先輩に怒られていた青学のルーキーか?いや、彼はいつも軽くシャワーを浴びて夕食を摂った後で、ゆっくりと大浴場で高温のお湯にじっとつかっているし、彼がいるのなら大阪のルーキーもピタっとくっついてきているはずだ。それに二人ともジャージが違う。

立海の面々は日によって先に食事だったり、個人によっても行動パターンが違うけれど誰もが急ぐタイプではない。それ以外の中学校……比嘉中なら5人揃っているはず。となれば己の従兄弟が通う氷帝学園?いやいや、あそこの勝ち組4人も長を筆頭に風呂場に駆け込むタイプはいないだろう。従兄弟は共同生活においては誰かと一緒に行動する方だし、二年の鳳はダブルスペアの宍戸や同学年らと行動をともにしていることが多く、キングも然り。三年のボレーヤーも、プレー中はともかく普段のほんわりぼけーっとしている様相からは、練習後一目散に一人で大浴場に駆け込むとは思えない。


(氷帝のボレーヤー………アカン、何考えとん。氷帝はちゃうやろ。立海、比嘉も無いし……千石あたりか?)


星空の下、誰かさんが露天風呂で一人。
一糸まとわぬ姿で長湯につかり、頬はきっとほんのり染まって、ふわふわの金糸はしっとりと濡れて。


(あーあー、考えたらアカン)


最近やけにもやもやしている感情だと思いつつも、その想いを明確にはしたくない気がする。
けれどほぼ自覚しており、あとは認めるだけだとしても思春期の男子中学生にとっては『まさか』という気持ちと、ふと我に返る瞬間があり、素直に『実はそうなんです』と頷くにはあと一歩。

邪まな想像は封印するに限る。

頭をぶんぶんふって、脳裏に思い浮かべた『彼』のあられもない姿を消し去り、いざ行かん露天風呂へ!と意気込んで向かえば、くだんの『先客』が視界に入り、ようやく『一番乗り』とご対面かと目を凝らして見てみれば―



―まさかの『彼』が、湯煙の中から現れた。



『オツカレ。気持ちい〜よ、お湯』
(え、あ……あ、あ、あくた―)
『入らないの?寒いでしょ』
(な、なんっ…)
『ねぇ、早く。一緒にはいろーよ』
(一緒……いっしょ!?)


誘われるように手招きされた彼の元へ、一歩ずつ近づく。


『顔、赤いし……のぼせるの、早くない?』
(えっ…そ、そうか?…って、ち、近い)
『鼓動、すっごく早いけど……ドキドキしてるんだ?』
(あ、ああっ、な、なん!?)


すっと近づいてきて、ぴたっと触れた肌。
気づけばほんのり濡れている金糸がすぐ目の前にあり、何かを企んでいるかのようにきらきらした双眸を真上に向けてきて、その真っ直ぐで色素の薄い瞳から目が逸らせない。


(あ、芥川っ…)
『ねぇ……したい?』
(なっ…えぇ?!お、俺……うぅ…)
『いいよ』
(はい!?な、なにがええの!?)
『忍足……ケンヤなら』
(い、今、俺の名前―)
『…イヤ?』
(あ、あぁぁっと、えぇぇ!?ちょっ…ど、どない……お、俺…あ、芥川)
『ケンヤ……オレのこと、好き?』


「好きや!!」


(あ……)



『なら……しようよ』



背後に回された両腕がぎゅっとしがみついてきて、真下にあった『彼』がだんだん迫ってくる。
ほんのり上気した頬と、薄く開いた唇が近づいてきて、残り数センチで唇が触れ合う―


(お、俺っ…)


目の前の『彼』に触れたい、抱きしめたい、そのまま唇を受け入れたい。






―…くん……

―大丈……しっかり…

―頭…動かさん方が……気づい…




「「謙也!」」




「良かった〜目ぇ、覚めたわねぇ〜」
「一応医務室連れてった方がええな」
「ほな私、連れてくわねん」
「頼む。俺も報告終わったら行く」
「蔵リン、光きゅんも連れてきてな」
「ったく……ぶつけた張本人は戻って来んし」
「サポートスタッフのところへ走ってったから、冷やすん取りにいっただけやと思うけどなぁ」
「…とりあえず謙也も意識戻ったからええな。財前来たら、医務室行かすから先に―」
「は〜い。ほな謙也きゅん、行くで?立てるか?」


―確か練習はとっくに終わっていて、夕食前の風呂に入っていたはずで…


「頭、痛ない?たんこぶできてなきゃいいけど〜。ま、石頭やし、大丈夫やな」


『銀さんの剛速球頭にくらってもピンピンしてたものねぇ〜』
過去、四天宝寺のテニスコートでの出来事を持ち出す金色の言葉は頭に入ってくるけれど、いまいち状況が掴みきれていない。ひとまず立ち上がり、特に体への違和感は無いが後頭部が少しジンジンする。でもまぁ、一人で歩ける。


「よっしゃ、念のため医務室行くで〜」
「……ん」


露天風呂はやけに湯気がこもっていて、お湯の熱さ、それ以上に熱い自身の体温と高鳴る鼓動、何よりも触れた『彼』の熱が生々しく記憶に残っている……気がするのだけれど、徐々にクリアになる視界と脳、整理してみればここは合宿所のテニスコートで、夕暮れとはいえまだ太陽が昇っている。練習も終わりかけで、ラケットをしまっている者やスタッフに最終報告をしてる者たちもいる。


一番風呂?


そういえば数日前に、氷帝の芥川が清掃後すぐに大浴場に入っていき、直後に青学の不二が続いていく光景を見た。入ろうか悩んでいたら不二に先を越され、そのまま固まっていたところで金色がやってきた。その時は結局、結構な人数の中で大浴場につかり、芋洗い…とまではいかずとも、中々の混み具合だったので数分で風呂をあがったはずだ。
それ以外で自分より先に氷帝の彼が大浴場にいた、なんてこと今まであったか?


(……無いな)


「光きゅんのサーブが後頭部直撃もびっくりやけど、数秒間気絶しとったんやで?」
「…そうなん?」
「痛ない?」
「……ん、あぁ…せやな、ちょっとズキズキ」
「けど意識ない思たら、急に『好きや!!』て叫んで、そっちの方がもっとびっくりしたわ〜』
「………はい?」


館内へ入り、医務室へと向かう道中に謙也の身にふりかかった詳細を説明してくれた付き添いの金色……はいいとして、何を叫んだって?


「覚えてへん?大声で『好きや!』て。隣のコートの侑士クンなんて、大爆笑しとったで?」
「好きや……」

(…思い出してきた)

―ほんのり上気した頬と、扇情的な肢体。数センチ先に、薄く開いた唇が近づいてきて―


「あ、あかん……っ…」
「謙也きゅん?」


蘇ってきたやけに色彩鮮やかでクリアな光景に、消し去ろうと頭をぶんぶん振って心頭を滅却。
これは思い出してはいけないものだ。蓋をする?いやいや、全て忘れてそんな感情は微塵も抱いていないと吹っ切らなければ。



よくよく考えれば『彼』がそんなことを言って来るはずもないのだが、夢というにはやけに生々しくて。
それが心の奥底をさらけ出している『真実』なのだと突きつけられているかのようで、ほぼ自覚していたとしても最後の扉が開いた気がして怖くて仕方ない。
どうしよう。


「なぁ、小春……ちょっと、聞いて欲しいことが」


認める、認めない。封印する、忘れる。けど最近やけに彼を見ると胸が高鳴り、冷静ではいられない自分がいる。話しかけたい、出来ない。近づきたいのに、彼が寄ってくれば逃げてしまう。
ぐちゃぐちゃな想いを整理するより、この想いを誰にも知られたくないと怯えるより、何よりも混乱している自分自身の感情を自己解決できるとは思えず、それ以上に不安で不安で仕方ないこの想いを誰かに聞いて欲しい。
ジェンダーに拘らず、聞き上手で的確な答えを示してくれる。真剣な想いは決して茶化さず、親身に相談にのってくれる四天宝寺の愛のキューピットとして女子生徒からの信頼が厚い。


…隣を歩くIQ200が、相談相手としては最適な男だった。



忍足謙也、14歳、中学三年生。
どうやら自覚したようです。





(終わり)

>>目次

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小春きゅん、Happy Birthday 2014!!
何を考えて6つも小話を書いてしまったのかは自分でもわかりまセ。
特に続いている……と意識しながら書いたわけではないのですが、何となく6区切りオムニバス風ちょっと続いている風で。

これを切欠に、謙也くんは突き進んでいくんでしょうかね……なんちゃって。

―これ、忍足謙也誕でええっちゅう話やな……と書き終えてから気づくという。 >何で小春誕?

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