翌朝、丸井くんは学校が早いからと颯爽と帰っていった。 昨夜のところどころ言葉が途切れる『間』が何なのか謎だったけれど、今朝はいつも通りの普通の丸井くんで、日曜の集合時間を確認して、『楽しみだな〜』と言っていた。 午前中の授業を終えて、中庭のベンチに座り、駅前のコンビニで買ったパンとさっき自販機で購入したペットボトルのお茶を取り出す。 メロンパンの袋をあけて、噛り付こうとしたときに、向こう側から久しぶりに見るど派手な女の子の姿が近づいてきた。 「小鷹さん…」 「久しぶり。またここで会ったね」 相変わらずのキラキラしたメイクに、こんもりした頭は重そう……に見えるけど、ボリューム出しているだけだから重みは無いんだと笑われた。 「隣、いい?」 「どーぞ」 大きなかばんから見たことのあるお弁当箱と、キラキラとデコられた水筒が出てきた。 中身が見えてくると……やっぱり、美味しそうだな〜。 「…食べる?」 「え」 「また、交換する?」 ―それ、コンビニの夏限定メロンパンでしょ?前から気になってたんだ。 そうやって笑う姿は数ヶ月前と変わらない、可愛い女の子のものだ。 最近お気に入りのメロンパンだけど、目の前の美味しいに違いないお弁当には適わない。 せっかくの申し出なので、ありがたくいただくことにした。 (すでに開けちゃったけど。ギリギリ食べる寸前だったからOK!) 「久しぶりだね」 「うん」 「前はけっこう構内で会ったけど、最近、見かけないしさ」 「んー。芥川くんがいそうなところ、避けてたからかな」 「へ?」 「ちょーっと落ち込んでたから」 「………丸井くん?」 「別れたこと、ブン太に聞いた?」 「いや、丸井くん、そーいう話しねぇし」 嘘だ。 彼女と別れたらすぐに『別れたー』と軽い愚痴を言ってきては、すぐさま新しい彼女ができている。 ただ、具体的に彼女がどういう人だとか、どこの誰だとか、そういう話はしないのは本当。 なので、こういう風に知り合った小鷹さんはともかく、普段の丸井くんの彼女がどういう子なのかは知らない方が多い。 (別れた後に、オレを待ち伏せする女の子たち数人を『元カノ』として知ってるくらい) 丸井くんの『別れたー』も、昨日聞いたくらいだし、その前は桜が咲く前くらいだった気がするから、小鷹さんと別れたことは聞いてはいない。 (『とっくに別れた』とは言っていたけど、いつものように別れた直後に聞いたわけじゃない) 「そりゃあね、別れたときは落ち込んだし。あいつって色々とありえないでしょ?」 「…否定はしねぇけど」 男友達としてはサイコーに楽しい人だけど、『彼女』に対しては。 「明るいし、一緒にいると楽しいんだけね。それ以前に一緒にいれなすぎだし」 うん。 それ、過去の彼女たちから腐るぐらい……あ、言葉が悪いか。 何度も何度も聞かされたよ。 「別に友達より彼女優先しろとは言わないけど、蔑ろにしすぎ」 うん。 オレもそう思う。 彼女より『女の子の友達』との約束優先してたときなんて、さすがにソレはまずいんじゃないのと周りの男連中も呆れてたくらい。 「ああいう男だけど、それでも好きだったから…」 いつ別れたかはっきりとはわからないけど、今が夏で、先日丸井くんが『ありえねぇ』と言っていたのが別の彼女なことを思えば、小鷹さんと付き合った期間も長くて2ヶ月くらいなのかな。 丸井くんの元カノらの交際期間と比較しても、長くもないし、短くもない。 平均的な期間、かな。 (ヒドイと2週間なんてこともある) 「でも、こっちを見てくれない人といても、先が無いよね」 「ん……」 何て言ってあげればいいんだろう。 丸井くんの元彼女たちの話を聞いてきたけど、基本的には皆、丸井くんのことがどんなに好きかってことと、丸井くんがどれだけヒドイかってことと。 散々喋る彼女たちの話をひたすら聞いて、適度なタイミングで頷いて、やがてすっきりした女の子たちに解放されるまでずっと座っているだけ。 中には泣いちゃう子もいて、慰めて、少し丸井くんのフォローをしたりして。 でも、小鷹さんは『あいつって色々ありえない』と言いながらも丸井くんを悪くは言ってこない。 まだ好きなのかな? かといって復縁を願ってもいないのか、諦めているのか。 向き合ってくれない人と付き合っても未来は無いと言い切るところが、どこか吹っ切れているみたいに見える。 「せっかく芥川くんとお知り合いになったのに、ブン太と別れたからって挨拶しないのも、何か違うよね」 「……」 「切欠はブン太だし、色々と話も聞いてもらったけど……ブン太とは関係なく、同じ学部だしさ」 「…うん」 「あー、それとも、ちょっと気まずい?ブン太に何か言われちゃう?」 「ううん。丸井くん、彼女の話あんましねぇから」 「また、一緒にご飯食べて、いい?」 「オレ、だいたい昼ここのベンチにいるから。でも、小鷹さんこそ、いいの?」 元彼女たちに言わせると『憎っくきジロくん』らしいが… 「ブン太のことはもういいんだ。しばらく恋愛はお休み。せっかくだし、新しい友情を育もうかと思って」 「…オレ?」 「だめ?」 「まさか。お弁当美味しいから、一緒にランチは大歓迎」 「じゃ、お友達としてシクヨロ?」 「あはは、よろしく」 聞きなれた彼の口癖を真似て、イタズラっぽい笑みを浮かべ右手を出してきた小鷹さんへ、しっかりと握り返してランチ同盟を組んだ。 前に丸井くんの元カノからアプローチがあった時とは違い、小鷹さんから恋愛のベクトルを感じられないのも、お昼のお誘いを素直に受け入れたワケともいえる。 好意は持ってくれていると思うけど、恋ではなく、異性として意識されていない気がするし、続けて本人から宣言された―というか、きっぱりと言われた言葉が。 「あ。芥川くんを狙ってるワケじゃないからね?」 「ええー?なんだよ、それ」 「美味しそうにお弁当食べてくれるし、何だか癒されるからさ。アロマテラピー的な?」 「弁当は美味しかったC!」 「ありがと」 「でも、狙ってくれないの?」 「あ〜ら、意外な返しだね」 かっこいいし、可愛いけど、芥川くんからはソウイウ雰囲気感じられないから、と笑う。 カッコイイは嬉しいし、可愛いは……昔からよく言われることだから、とりあえずウレシイと言っておく。 けど、そういう雰囲気って? 「恋愛ゴト、あんまり興味なさそうなんだもん」 「えぇ〜、そう?」 「彼女、いるの?」 「いな〜い」 「作る気も、あんまないんでしょ」 「そんなことねぇし〜」 「ブン太とタイプも性格も全然違うと思うんだけど、そーいうトコ、似てる気がするんだよね」 「丸井くん、常に彼女いるし」 「……」 「あ」 「…いいよ、本当のことだしね」 私もその一人だったわけだし、と笑う彼女の顔が見れない。 ちょっとデリカシーに欠けることを言ってしまった。。。しっぱい。 「ブン太はただ単に断らないだけでしょ」 「…まぁ、なんというか」 「芥川くんもモテるし。周りでもいいな〜って言ってる子、たくさんいるよ」 「……そう?」 「うん。でも、告白断ってるから、彼女いらないのかな〜って」 「え、何で知ってるの?」 「同じゼミのこ、2人フラれてるんだよね。君に」 「……どーだったかな」 「あ、別に探ろうとかそういうんじゃないからさ」 「んー」 「恋愛ゴトにならない男の子なら、純粋な友情が築けるかな〜って」 「オレが小鷹さんのこと好きになったら、どーすんのさ」 「えぇ?あはは、そりゃ嬉しいけどね。無い無い」 「わかんないじゃん。小鷹さん、料理うまいし」 「こーんな派手ハデなのに?芥川くんくらいだよ?初見で躊躇せず話してくれたのって」 「関係ねぇもん。派手かもしんないけど、似合ってるし。それに、小鷹さん、女の子らしいし」 探られるような言葉をかけられても、不思議と嫌な気持ちにならない。 好意を持って接してくれているからだとわかるし、オレも彼女に好感を持っているからだろう。 ただ、互いが別に『恋愛感情』に絡むわけではないから、、これが『純粋な友情が築けそう』な間柄なのかな? 素直に小鷹さんに対する印象を告げたら、頬をほんのり染めて少し照れたように笑う。 そういうところが、やっぱり外見とウラハラというか。 髪の色をおさえて、ナチュラルメイクに涼やかなワンピースでも着ればヤマトナデシコで通りそうだけど、派手メイクと服装は好きだからやってるんだとマイポリシー!! と言っているところもちょっと面白い。 「なぁに?芥川くん、料理上手だとホレちゃうの?」 「んなことねぇけど」 「じゃ、大丈夫。私も惚れないから」 「そうキッパリ言われると、傷つくC…」 久しぶりに小鷹さんと話して、一緒にランチして、アドレスを交換して正式に……ていうのも変だけど、お友達になった。 きっかけは丸井くんだけど、せっかく知り合えたんだからこのまま友だち付き合いしてもいいよね、ということで。 丸井くんに言おうか考えたけど、あえて言うことでも無いかな。 付き合っているときに、小鷹さんと構内で会った話をしたら、少し面白くなさそうだったし。 まぁ、去るもの追わずな丸井くんだから、別れた元彼女がどうしようと基本的に関係ないと言い切る人だし、たとえ元彼女が男友達と付き合っても気にしなそう。 ただ、何となく、言いづらい……ことも無いんだけど、う〜ん、何というか。 彼女のことは『友達』として好感を持っている。 短い付き合いだけど、サッパリしてるし、派手ながらも女の子らしい割にどこかドライで、付き合いやすい。 正直、今までの丸井くんの元彼女の誰ともタイプが違う感じ(全員知ってるわけじゃないけどさ)。 彼女の方も別れ際、『芥川くんと友達になりたい』とストレートに言ってくれた。 こんなにふうに友達申し込み受けたのなんて、初めてだC。 きっぱりはっきりと『恋愛感情は無い』と宣言されたし、言い切る瞳は本心を語っていた。 『アロマテラピー』ってのもあながちその場のノリではなさそう。 (なんか知らないけど、昔っからよく『一緒にいると癒されるわ〜』と言われる。オレの何が、他者を癒すのかまるっきりわかんないけど) 恋愛ごとが絡まなかったら、丸井くんともいいお友達になっていたかもしれないよね。 (丸井くんって、付き合っていた彼女と別れて『友達』になることが無いから) 何となく丸井くんには言わないでおこうと思っている時点で、何だか後ろめたさを感じる。 けれど… 彼女の言葉を借りるわけじゃないけど、丸井くんはあくまで切欠で、二人が別れた後にオレと小鷹さんが友達になりましょうと決めたのは、オレら二人の意思で丸井くんは関係ない。 小鷹さんの言うとおり、せっかく知り合えたのその繋がりを捨てるなんて、もったいない。 本当にいい子だし、お弁当が美味しいし(重要)、なんだか会話もリードしてくれて引っ張ってくれる感じもあるし。 女の子らしくてマナーもちゃんとしてるけど、派手でヒール高いしスカート短いし。 色んな面があって、ギャップありまくりで、話しているとどんどん別の面が出てきて面白い。 これが普通なら恋の切欠になるんだろうけど、彼女に宣言された『惚れないから』がちゃんと蓋をしてくれている。 それにオレにとっても、丸井くんは関係ないと言ったとはいえ友達の元彼女は恋愛対象外だから。 よくよく後から思ってみたら、小鷹さんってちょっと丸井くんと似てるのかな。 そりゃ、丸井くんの恋愛方式と小鷹さんは全然違うし、丸井くんみたいな態度で恋人に接してる人なんて稀だろうし。 ただ、普段の『明るくて面倒見がよくて、面白い兄貴肌』なところとでもいうか。 まぁ、オレの周りの友達連中は基本的にそういうタイプが多いんだけど……こう、面倒みてくれるというか。 だから、一緒に過ごすことに違和感なく、すんなり受け入れられてるのかもしれない。 こう、デジャブ……というか、昔からの友達といるような気がするのは、ここ数年ずっと一緒にいることが多い親友(といっていいよね?)と似たところがあるからなのかも。 あれから何度か中庭のベンチで会ってお昼を一緒に食べた。 この前は、丸井くんが泊まった際につくってくれたカレーパンの余りを持っていったら、興味心身に袋を覗き込んできた。 丸井くん作にも気にせず交換してくれて、恋愛は壊滅的だけど腕はいいとカレーパンを褒めたので、負けじと(何に?)今日のお弁当も美味しいし、いい勝負だと返しといた。 構内で、たまの昼どきだけの交流だけど、元もと人があまりこない場所のベンチだから周囲のウワサになることもなかった。 偶然見られた友達にも、最初は新しい彼女か聞かれたけど、彼女のど派手な外見とオレの元彼女があまりにも違いすぎたせいか『そりゃねぇな』と決め付けられて。 (彼女に失礼だC) まぁ、何もないのは間違いないけどさ。 とりあえずは純粋な友情、新しい友達だと伝えといた。 きっかけはともかく、奇妙な始まりでもあった小鷹さんとの友情。 氷帝学園の幼稚舎〜高校までのクラスメートにも女の子の友達はいるし、たまに皆で会うこともあるけど、そういえば氷帝と関係ない女友達ってそんなにいないな。 そんな彼女がある日、新しいカフェが近所にできたとフリーペーパーを持ってきた。 見れば確かに大学近所にあり、オシャレなテラスと紅茶の種類が豊富なのをウリにしたカフェは、女の子に人気が出そうな感じ。 「新規オープンで、来週末まで毎日、先着10名にデザート無料でつけてくれるんだよ」 写真には美味しそうなシュークリームと、アップルパイ、ロールケーキが載っている。 「11時オープンだから、開店ダッシュしてみない?」 スーパーの特売みたいな言い方に、ちょっと笑えた。 これこそデジャブ。 『隣町に新しいケーキ屋が出来るから、調査しにいくぞ。先着30名にプレゼントつきだから、朝ダッシュ!』 似たような台詞を聞いた気がするな〜って。 開店ダッシュのお誘いは、もちろん快諾して。 美味しかったら丸井くんにも教えてあげよう……って、もう調査済みかもしれないけど。 (新しいケーキ屋はともかく、カフェだったらノーチェックかな) いつか、丸井くんに紹介してもいいかもしれない。 紹介って、ちょっとニュアンス違うけどさ。 オレの、友達です!って。 元カノと友達にならない主義……かは不明だけど、まったく付き合いをしない丸井くんも、彼女だったらすんごく気が合うと思うんだけどなぁ。 (終わり) >>目次 **************** 懐かしい名前を拝借しました。小鷹那美ちゃん@汗と涙 2もプレーしたんですけど、2の女の子の名前は何だったかな……ちなみにワテクシは小鷹さんで一度目プレーしたときは跡部たまでゴール、2会目は不二先輩、と王道を突き進みました。 小鷹さんはポニーテールの女の子だったような気がしますが、ここの小鷹さんは金に近い明るいボリューミィな髪にど派手メイク、ホットパンツなギャルです。 というか、この話、いったい何だろう(驚)。 2ページ目書いてる時は、そんなに小鷹さんが出てくる予定ではなかったのですが。 ブンジロでも無いし……いや、最終的にはこの丸井くんと芥川くんもくっつくはず>え。 いつか続きをー……覚えていれば……。 |