「嫌われてもいいの?」 「……」 「誤解されたままでさ」 「……ヤだ」 「なら、正直にならないと。芥川はそういうところ、聡いでしょ。気持ち隠してたら、何かしら感づく」 「…けど、言えっつっても」 「君たち、両想いだと思うけど」 「………そう、かな」 「うん。芥川なんて、あんなにわかりやすいのに」 「いや、ジロくんのアレは『好き』と言っても、そういう意味じゃ」 「あれだけ丸井のこと想ってくれる子なんて、他にいないと思うけど」 「………そうおもう?」 「うん」 ジロくんが、俺のこと、スキ? そういう意味で? ………。 ……だぁ、よくわかんねぇ! これはジロくんに聞くしかないのか? 勘違いだったらこれ以上恥ずかしいことはない。 けど、幸村くんにどこか似ている不二がいうんだから、それがアタリな気もする。 いやいや、まてまて。ちょっと待て、俺。 え、なに? 俺って、そんなセクシャリティだったの? 過去いちおーお付き合いした彼女たちは何だったんだ?俺って、ゲイ?いや、バイ?いやいや、なに? ……難しいな、オイ。 だめだ。 不二にそういわれると幸村くんに言われてるみたいで、それが『正論』な気がしてくるけど、ここは柳に聞いたほうがいいのか? …って、何考えてんだよ。 こんなこと周りに聞けねぇっつーの。 だいたい、ジロくんの周りの関西人を危惧した俺はともかく、ジロくんがそうとは限らない。 アホみたいに言われるがまま正直に話して、好きだと告げて、ジロくんにその気がなくて困らせたら、もう二度とテニスコートで『まるいく〜ん!』とはしゃぐ声が聞けないかもしれない。 『親友に告白する』 その前に、同性ってとこがリスキーすぎるし、ありえねぇだろい。 俺だってジャッカルに告白されたら凍りつくだろうし、それで会わなくなることはないけど、それでもひたすら『困る』のには変わらない。 …って、何で俺はジロくんに告白するパターンに加えてその先を心配してんだ? 告白って何だよ。 好きだと告げるって、なにそれ!? 「あはは、ぐるぐるしてるねぇ」 「…面白がってんじゃねーよ」 「面白がってるよ」 「人ゴトだと思って…」 「ヒトゴトだしねぇ」 「くっ…(なんでこんなとこまで幸村くんっぽいんだよ!)」 ジロくんへの思いと葛藤、告白、好きだ云々。 そんなことを色々考えては悩み、打ち消してはまた想像している自分自身がなんだか情けなく思いつつも、それらすべてが不二の言っていることを肯定しているようで、思わずため息をついてしまう。 静かに笑う目の前の『青学の天才』がそら恐ろしく感じたけど、人ごとだと言いながらも『二人とも大事な仲間だから』と続けた不二に、イラついた気持ちがすっと消えた。 「学校は皆違うけど、中学の頃から切磋琢磨したテニスで繋がる仲、でしょ?」 「…まぁな」 「芥川も丸井も、大切なトモダチだから。出来ればハッピーエンドで迎えて欲しいかな。というほんの些細な手助け、かな」 「不二…」 「あまり意地悪すると、横から掻っ攫われちゃうよ?」 「誰にだよ」 「たとえば氷帝とか」 「って、氷帝の連中は違うだろ。どっちかっつーと、保護者―」 「たとえば忍足」 「うっ……いや、あいつも氷帝だろい」 「たとえば白石」 「はい!?」 とっさに数分前危惧した『関西人たち』が頭に浮かんで、びくっとして不二をまじまじと見つめてしまった。 …心の中読んでんのかよ、この天才。怖すぎる。 うん。 これ以上ここにいるとダメだ。 どんどんやり込められる気がしてしょうがない。 そう、幸村くん属性には逆らえないようにこの体と脳は出来てしまってるから、同じようなトーンで聞かれればハイハイ答えちゃうし、指示に逆らえないかもしれない。 あまりにもここで悩んでいれば、じきに『早く行ってきなよ。終わったら報告しにきて』と言われそうで、さらには『イエッサー』なんて返しそうでコワイ。 逃げよう。 言わされるより、せめて自分の意思でちゃんと伝えたい。 ジロくんは公園で待っているはずだから、……待ち合わせ時間より1時間半以上。 今までで最長に遅れてしまったけど。 ここ数ヶ月のことを全部謝って、理由もちゃんと言って、何度もゴメンって伝えて。 そして、…待っていることが不安だ云々は隠すとしても、ジロくんに好きですって言おう。 好きです? ……。 …あぁ、そうだよ。好き、なんだ。 不二に気づかされた? そうかもしれないけど、放っておいてもこうなってたんだろうし、心のどこかでそんな感情をずっと抱えてたんだ。 でなきゃこんなことでグルグル悩んで、モヤモヤしたりしねーよ………認めたくなくて、怖かっただけだ。 けど、第三者にバレた以上、遅かれ早かれだろ。 気持ちを自覚した以上、俺のやるべきことは一つしかない。 「俺、アイツが好きだ」 「よくできました」 「おい」 「フフ、冗談だよ」 「ったく……ジロくんとこ、行ってくる」 「うん。芥川も待ってるだろうから」 「悪い」 「行ってらっしゃい」 「じゃ、当たって砕けるかもしんねーけど、正直になってみっか」 「砕けないから大丈夫」 「はは、だといーけどな。さんきゅ!」 不二の声援? といっていいのか、太鼓判をもらって心なしか自信が出た気がした。 伝票をもってレジに向かい、お互い清算をすませて店を出て、別れる寸前、再度不二に手を振って公園へ向かおうとしたら後ろから声をかけられた。 「ちなみに僕が言った『好き』ってのは、何も恋愛を指したわけじゃなかったんだけどね」 「はい?」 「友達間でも焼餅ってあるでしょ?親友への独占欲とかさ」 「……」 「そういう意味もひっくるめて、『好き同士』という意味合いもあったんだけど」 「……」 「そうかな〜とは思ってたけど、やっぱり丸井の『好き』はソッチだったんだ」 「……ソッチ、と言いますと?」 「ライクじゃなくて、ラブ。芥川のこと、本当に好きなんだね」 なんだか映画や漫画で聞いたことのあるようなフレーズだな〜って、そうじゃなくて! 「ら、らぶ……じゃなくて、お前、なんつった!?」 「ふふふ。芥川も同じ気持ちであることを願ってるよ」 え、ちょっと待って。 君たち両想いって、さっき言ってたよな? ジロくんほど俺を想ってくれるヤツいないって……同じ気持ちであることを願ってるよって、なに?どういう意味? 「おい!ちょ、えっ?さっきと言ってること違くねぇ?」 「大丈夫。両想いだから」 「どっちだよ!」 「ほら、とっとと行きなよ」 「〜っ!」 面白そうに目を輝かせてケラケラ笑ってる不二に、ひくつく米神を押さえつつギロっと睨んでみても何ともなしにかわされる。 仕舞にはあっちいけと遠ざけるかのごとく手をぶんぶん振られ、『芥川へよろしく伝えといて』なんていわれて。 バカ。それ言ったら、俺が不二といたことがバレるし、何ならジロくんがいたときから隠れてたことも芋づる式に… もうヤダ、こいつ。コワイ。 「はいはい。これ以上芥川待たせないでよ」 「っ、誰のせいー」 「うん?何かな」 「〜っ、何でもねぇ。行ってくらぁ!」 「当たって砕けなよ。」 「おまっ、砕けないんじゃなかったのかよ!?」 「ふふ」 だめだ。 突っかかるからダメなんだ。 冷静に、平静に、平常心、落ち着け、俺。 試合を思い出せ。 熱くなったら負けだ。冷静にならないといけない。 いざというときに決める、それが俺のプレースタイルだろい。 今はジャッカルがいないから、自分自身で冷静さを取り戻して落ち着かないといけない。 よし、家に帰ったら盛大にジャッカルに愚痴ろう。 ジロくんの結果がハッピーエンドだったら思いっきりのろけて、もし、万が一にも、最悪の最悪でフラれらたら、ケーキバイキングおごってもらおう。 いいや、いつもジャッカルにはラーメン割引してもらってるから、ここは焚きつけた不二に責任とってもらうとして、ケーキバイキングは不二に付き合ってもらうか。 ……おおい、バカか俺は。 こんだけいいようにあしらわれてんのに、なんで不二なんだよ。 やっぱ俺にはジャッカルしかいねぇ。 待ってろよ、ケーキバイキング!! って、アホか俺は!! ケーキバイキング=フラれるってことで、ダメだろ、それ。 よし、こうなったらハッピーエンドでもおめでとうってことで、ケーキバイキングおごってもらおう。 ジャッカルなら何だかんだ文句いっても、聞いてくれるはず。 そんかしジャッカルに彼女が出来たら、俺がケーキバイキングを奢ってやることにしよう。 奮発してアフタヌーンティでもいいな。パークハイアット、いや、椿山荘がいいかな?…って、高校生同士で入れんのか?わかんねぇ。 未成年同士微妙なら赤也の姉ちゃんか仁王の姉ちゃんに付き添いで着いてきてもらうことにして。 (ヒルトンのケーキバイキングは赤也の姉ちゃんが付き合ってくれたし、コンラッドのアフタヌーンティは仁王の姉ちゃんが仁王込みで連れて行ってくれた) …話が逸れてるっつーに。 あれこれ考える前に、まずはジロくんのとこ行かないと。 今度こそ不二に別れを告げることにする。 遊ばれた感もあるけど、こいつに後押しされたのは間違いない。 「とりあえず……もう行く」 「行ってらっしゃい。GOOD LUCK」 「あんがとよ。じゃあな!」 色々あったけど、もうどうとでもなれ! どこか吹っ切れた顔で不二に一応のお礼を伝えて、公園へ一直線、ダッシュで向かうことにした。 ―バタバタバタッ 漫画の効果音のごとくドタバタ走り去った背後で、『同じような反応で、同じような走り方するなぁ』と呟いた不二の声が耳に入った。 同じような?なにが?……ま、いいか。 目の前のカフェということもあり待ち合わせの公園の入り口にあっという間に到着して、奥の遊具のある場所までそのまま走って行く。 象の形のバネのついた遊具にちょこんと座っているジロくんは寝ていなくて、心なしか神妙な顔で携帯を眺めていて、そういやあれから結局ジロくんに遅れるメールも何も送ってないことに気づいて、少し罪悪感が増した。 「ジロくんっ!」 大声で叫ぶとビクっと肩を震わせ、顔をあげたジロくんと目が合った。 そのままジロくんの目の前まで行って、少し荒くなった息を整え、真正面から見つめるとじっとこちらを見つめ返してくる。 いつものような笑顔で『まるいくん、おそいC〜』と軽口を言うわけでもなく、無言で俺を見上げるジロくんに、1時間どころか最長時間待たせた事実が襲い掛かってきて、どうしようもなく反省したいところだけど、それは全て後にすることにして、今は正直になるしかない。 「ごめん。本当に、ごめん」 いきなり90度頭をさげて謝りだした俺に、ジロくんの息を呑む声が聞こえた。 相当びっくりしているようで、戸惑っている様子が伝わってくる。 「おれ、ジロくんに甘えてた。自分勝手で、酷いこと、ばっかして―」 「ま、まるいくん…?」 あれ? どうすりゃいいんだ。 最初、謝って、今まで遅刻し続けたことに、ちゃんとごめん!って伝えて、理由も説明して。 あ、それより先に『好きです?』 どっち? 「最初はそんなつもり全然なくて、遅れるときもちゃんと連絡してたんだけど―」 好きです。ジロくんが好きだから、不安になって、こういうことをしてしまいました。すみません。 ダメだ。『不安になって』はカット。 ンなかっこ悪いこと、ジロくんに言えねー。 「こんな、遅刻ばっかして、マジでごめん。えっと、なんつーか、ジロくんが」 こういうことしてすみません、ごめんなさい、本当に申し訳ございません。なんでこんなことしたかというと、ジロくんが好きだからです。 …好きだから遅刻って、おかしいよなぁ。 遅刻=好きだからを繋げるには『不安だったから』がないと辻褄が合わない気がするし、かといって正直に不安だったからだなんて、そんな女々しいこと言えねぇ。 だぁ! 俺、どうしたらいいの?告白なんてしたことねーっての! ジャッカル、助けてくれ! ……アイツに助けもとめてどうするんだよ。男なら自分から行かなきゃダメだろい。 よし、言おう。とりあえず言おう。後はなすがままだ! 「ジロくんが、好きだ」 言った…、言っちゃったよ。 ていうかさっきから90度腰を曲げて頭をさげて、謝りながらの流れで言ってしまっているので、顔は地面に向いたまま。 不自然な体勢が徐々につらくなってきて、ちょっと痛いから姿勢を戻したいんだけど、言ってしまった手前、顔をあげていいものかどうなのか。 ジロくんを見るのがちょっと怖いというか、反応が微妙だったらどうしよう。 困った顔していたり、もし、万が一にも、ジロくんはそんなヤツじゃねぇのはわかるけど、一応同性なこともあるから嫌悪感なんて示されたら… バカだ、おれ。 なに正直にこんなこと言ってんだ。 なんて言葉でくくっても同性同士なんて、人によっては嫌悪で見られるのが当たり前だろ。 どんなにいいヤツでも、生理的にそういうのは受け付けないって人もいるだろうし、場合によっては他人のそういうセクシャリティを蔑む人もいる。 ジロくんはそんなタイプじゃない自信はあるけど、それでもジロくんが同性を受け入れるかは、また別の話だ。 …俺、もしかしてとんでもないこと言った? 不二の『砕けないから大丈夫』はあの時、確かに勇気をくれたんだけど、実際にジロくんに言ってしまった今、なんだか知らないけどどんどん冷や汗が出てきて、頭がサーっと青くなっている気がする。 まずい。 ひたすら謝罪が正解だった? ええい、どうとでもなれ! 恐る恐る姿勢を正して、さっきから一言も発せず、ギコギコ揺らしていた遊具も止めて、いわゆる硬直しているジロくんを真正面からとらえた。 「まるいくん…」 え… ジロくん、それ、どういうこと? 期待しちゃって、いいの? 俺の視線を逸らさず、じっと見つめてくる双眸はいつものようにキラキラと輝いていて、さっきのしょぼくれた神妙な表情はどこへやら。 目の前には心底ホッとした様子で、嬉しそうにいつも以上の満面な笑顔を浮かべるジロくんがいた。 (終わり) >>目次 |