追憶

追憶 | ナノ



「……春乃…、はるの!」


大きな声で名前を呼ばれ、意識が深淵の奥底から覚醒する。
鮮やかな紅葉の上に足を組んで座る彼は、紛れもなく秋だった。

真っ赤に染まった目にも鮮やかな紅葉が、彼の掌から零れ落ちてゆく。


……太陽の雫みたいだ…


明るい髪色に、ハニーブラウンの瞳。
一度目にしてしまったら脳裏から消えることのない、あまりにもまぶしい姿。


「…しゅ、う…」


「はーるの、元気だったか?…身長伸びたな」


ニカっと太陽のように笑う姿は、蓋をしてしまい込んだ記憶のまま。
自分自身を彼に被せることで、模倣することで心の内から追いやった数えきれないほどの思い出が、彼の掌から紅葉がヒラヒラと舞い落ちる度に、思い出されていく。
モノクロだったものが、再びカラフルに色付いてゆく。


「なんでそんな恰好してんの?まさか俺の真似?似合わねーなあ…。春乃には全然似合ってない」


……やめて。
言わないでよ…そんなこと。


「俺は…秋になろうとして…だ、だってこれが俺に出来る唯一の、」


「……“償い”?」



そうだ、そうだ…
秋がいなくなった。姿を消した。
…そうだ、それで……


ああ、俺のせいで秋は、



“死んだんだ”



死んだんだ…。秋は二度と返ってこない。



「春乃さあ、俺が死んだからって俺のことを真似してんの?俺は春乃のせいで死んだのに、よくこんなことできるよな。楽しかった?俺の面影を追って。
…ああ、そっか。いつか言ったことを真に受けてんのか?“春乃が俺みたいな恰好したら面白いね”って。冗談だっつーの。こーんな別人みたいに自分を変えて、本当は俺のこと忘れたいのに、俺のことをどこまでも追い続けてる…矛盾してるよ」


「…メール…が」


「…ああ確かに送ったな。死ぬ寸前に。春乃が俺になって皆を導いていってよ、って」


「分からなくなって、全部、全部…秋がいなくなって、どうしたらいいのか、俺は生きていていいのか、死んだ方がいいのか…」


赤い紅葉が一瞬にして茶色く染まってしまったのが分かった。
あんなに綺麗だった赤が、生気のない土気色に豹変する。


「それで、成り替わろうと思ったのか?全てを変えて」


「ほんと、馬鹿じゃねーの」と秋は言葉を続けながら、俺の方をギロっと睨んだ。
いつもは優しい瞳には漆黒の闇しか宿っていなくて、そのあまりのおぞましさに俺は思わず目を逸らしてしまった。


「何で避けたんだよ…!俺はこんなに春乃のこと大切に思ってたのに、…なあ…っ、そうだろ?
俺、苦しかったのに…」


秋が膝から崩れ落ちる。
両手で覆い隠された瞳からは見たことのない彼の涙が溢れだす。
指の隙間から滴り落ちる涙を見てしまったとき、その場から一歩も動くことが出来なくなった。



見たくない、彼のこんな姿は……


見たくない、見たくない…っ……!



「だって俺は秋のことが―」


何度も人に踏みつけられてボロボロになった紅葉が風に煽られて天空へと舞っていく。

身体がふわりと宙に浮いて、それらの紅葉に体中を取り囲まれて、外の世界から完全に隔絶された。


それは刹那の瞬きさえも、与えてくれはしなかった。罪業に貫かれた俺は、光から追放され闇に身を投げるしかない。


手を伸ばしても、何も掴めない。
……誰も俺の手を掴んでくれない。


虚空に助けを求めたとしても、反響するのは無音のみ。



………落ちていく。



深く。深く。



―――――深く。


秋と過ごしたあの日々へと。



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