夏の花火と泡沫の心

夏の花火と泡沫の心 | ナノ


「…ピアス?」


「たまたま見つけて…。桜川に似合うと思ったから買った。その瞳の色と全く同じだったから。綺麗だろ?」


「うん…。綺麗」


記憶に支配されて苦しくなるかと思ったのに、不思議なことに夜空を少しだけ明るくしたような、この色に対して心の底から「綺麗だ」ということが出来た。


「つけたくなったらつければいい。今はまだ乗り越えられない何かが、桜川の中にはあるんだろ?」


「俺…、」


胸が痛い。苦しい。
全部話したいけど、俺の口から全てを語ることはまだ出来ない。
泣きたいくらい苦しいのに、胸がギュウっと締め付けられて鼓動が鳴りやまない。


……この感情は…、


「中学の時に、大切な人がいたんだ…。その人は太陽みたいでいつも笑ってた。皆にも慕われてて、まさしく皆を導く光だった。
…俺はね、その人と仲がよかったんだ。向こうから話しかけてくれて、段々仲良くなって。いつしか彼がいなかった時の自分が思い出せなくなるくらいに」


一縷は黙って俺の話を聞いていた。
深く話を聞きだす、ということもせずに俺の口から自然と話してくれるのを待ってくれているかのように。


「なのに、…彼は突然俺の前からいなくなった。最初からいなかったみたいに突然いなくなって、俺はどうしたらいいのか分からなくなって…。
それからだよ、俺がこんな風になったのは。…分かってるんだ。こんなことしても何も変わらないってことも。目を逸らしても事実は変わらないってことも」


「馬鹿みたいだ」と言葉を続けると、再び無音の静寂が訪れる。


彼がいなくなってから、初めて他人にこのことを話した。
自分の中に閉じ込めて、一生一人で背負い込んでいくものだと思っていた。

それが俺にとっては最善で、…ううん、そうするしかなかった。
あの時の俺には、この選択肢しかなかったから。


「お祭りに行こうって約束してたんだ。でも結局行けずじまいになっちゃった。」


「…話してくれて、ありがとな」


ポツリ、ポツリと小さな声で一縷が言う。

感謝されることなんて俺はしていない。勝手に泣いて、困らせて、何故自分を偽っているのか何も言わなかったのは俺なのだ。
寧ろ、一縷はずっと問いたださずに俺が言いだすのを待ってくれた。


「感謝するのは、俺のほうだよ」


湿った夏の空気が風となって顔を掠める。
遠くの別世界から「花火が始めるよ!」という子供達の声が微かに聞こえた。



―次の瞬間、ドーンという音とともに天空に炎の花びらが舞い上がる。
キラキラ、眩しくて鮮やかなそれは俺達の顔を明るく照らしていく。


なんて綺麗なんだろう、と俺は思った。















ベッドに入り、目を閉じる。
今日あったことを一つ一つ反芻する。


この姿のまま、二人に会った。
会長に、告白された。一縷が、ピアスをくれた。


信じられないようなことが沢山起こった。
思い出すだけで、すぐに心臓が高鳴って頬が紅潮してしまう。


「…はるの、」


夢の向こうで秋が俺のことを呼んでいる…?



「…なあ、何で俺のこと無視すんの」


無視してない…っ!
俺はずっとずっと秋のことが大切で、会いたくて、どうしようもなく悲しかった。


「無視してないっ!、秋のことを無視するわけないだろ…!」



「じゃあいい加減、事実を見ろよ。忘れたいのに忘れたくない、そんな馬鹿げた感情はさっさと捨ててよ」




意識が現実から引き離されるのが分かった。
瞼の裏には、さっき見たばかりの花火の光が最後まで残っていた。



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