夏の花火と泡沫の心

夏の花火と泡沫の心 | ナノ


「…桜川?あれ、会長はどこにいんの?」


タイミング悪く一縷の声が頭上から降ってきた。
俺は真っ赤になっている頬を見られたくなくて、咄嗟に顔を背ける。


前にもこんなこと、あった気がする。
あの時は零れ出す涙を見られたくなくて、顔を背けたんだ。
月明かりの夜道に散りばめられた桜の花びらが広がっている、そんな夜だった。


「会長は、帰ったよ。…忙しい、みたい」


まさか「今さっき告白されたんだ」なんて言える訳もなく、俺は途切れ途切れに嘘を紡ぐことしかできない。


「…いきなり帰るか…?てか、顔真っ赤なんだけど。どうしたの、ってくらい。暑いのか?とりあえず、人のいない場所に移動しないか?」


「…あ、うん」



おさまれ、おさまれ…
鳴り止まない鼓動が脈拍を下げるどころか、一縷が来たことによって寧ろ上がってしまった。


…お願いだから、収まって…っ…


人混みの中ではぐれてはいけないと思ったのだろう。
一縷に左手を掴まれた瞬間、ただでさえ激しい鼓動がこのまま倒れるんじゃ、というくらいまで激しくなった。


…これ、絶対伝わってる…


これは会長に告白されたことによるドキドキなのか、…それとも…


違う、駄目だ……
こんなんじゃ、前と同じじゃないか。
また前のようになってしまう。










「ここならゆっくりできるだろ」

一縷に手を引かれて辿り着いたのは、人気のない石畳の階段だった。
屋台がずらーっと並んでいる所を抜けて、本堂を越えて、真っ暗な小道に辿り着いた。

その間も、心臓はドキドキしっぱなしだった。
どんなに願っても体は全く言うことを聞いてくれなくて。

ここまでやってくると、最早別世界に来てしまったようだ。
あんなに喧騒に包まれた空間が、刹那にして無音の空間になってしまった。


「これ、食べるか」


一縷は俺にあんず飴を渡しながらぼこぼこした階段に腰を下ろした。
「…ありがとう」と言いながら俺も彼の隣にそっと座る。
恐らく小学生の時以来に食べたあんず飴の味は、甘くて、でも少し酸っぱくて何とも言えない感覚だった。


暫くの間、この世には誰も存在していないくらいの沈黙が続く。
時たま響く蝉の鳴き声だけが、自分が存在しているんだってことを気づかせてくれる。

でも不思議と、居心地は悪くなかった。


「そうだ…。忘れてた。これ、桜川に」


その永遠の沈黙を破ったのは一縷だった。

彼は鞄の中から何かを取り出すと、それを俺の掌に優しく乗せる。
そこに目をやると、薄暗い中に小さな箱が浮かび上がっているのが見て取れた。


「言っとくけど、何も返さなくていいからな。俺が勝手に買って勝手に渡したんだから」


「…開けていいの?」


これ、プレゼント?え、なんで?と思いながら恐る恐る彼に尋ねる。


「…気に入らなくても口に出すなよ」


涼しげな表情をしているはずの彼が、気恥ずかしそうな表情を浮かべていることに気が付いたのはこの時だった。

小さな蓋をゆっくり丁寧に外すと、そこにあったのはガラスで出来た一対の藍色ピアス。


脳裏に秋にピアスを貰った時の光景がフラッシュバックする。
はっきりとした色彩を持っていなかった過去が、今とリンクして鮮明に色濃く鮮やかに彩られる。



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