planet color







深淵に閉じ込められた宇宙が、僕を閉じ込めて離さない。
もがくことも出来ず、受容することも出来ず、泣き叫ぶことも出来ない僕はなんて哀れで、哀れで、ちっぽけな存在なんだろうね。


世界が廻れば廻る程、僕の心には常世の闇が染み渡っていく。
……何をしても消せない、消すことができない。


胸を強くかきむしって、目をギュッと瞑って……、


僕を、消して、と空に願う。


けれども、指にべっとりとついた薔薇のような真っ赤な鮮血は、僕の願いを叶えてくれはしなかった。
皮膚がすっかり捲れてしまっているのに、何の痛みも感じない。寧ろ心地いい。僕の身体がどんどん壊れていく。めちゃくちゃに、ボロボロになっていく。



……あはは、

………笑える、ばっかみたい。


僕だけ成りあがって……勝手に信じ込んで。



人間のちっぽけな体に巡り巡っているこの赤い血液は、時々体内から溢れ出て僕自身に警鐘を鳴らす。
…“いい加減、決断しろ”と。
死ぬか生きるか、さっさと決めろと。

「お前みたいな用なし、意味ないけどね」という言葉が聞こえてくる。



…ああ、


 うるさい うるさい…、

うるさい 
うるさい
うるさい
うるさい
うるさい

うるさい
うるさい!


死ねばいいんだろ?
死ねばいいんだろ?
……なあ、死んで消えればいいんだろ…っ?


血の匂いが染み付いた両手を耳に這わせると、指の間を伝った血の雫が頬にポタリ、と落ちた。


……冷たい。けど、あったかい。
流れる。…僕の血が、僕の価値が、
何の意義も孕まず、宇宙のひとかけらにも満たない僕が、赤と共に滴り落ち落ちていく。


「…おねがい、このまま宇宙色に染めて、」


手を遥かの世界に翳して伸ばす。
血まみれの手は、暗闇と共鳴してどす黒く淀んで見えた。

退廃的感情の呪詛。
人は感情を持っている。だからこそ僕はアオのことを愛していた。
身を代償にするほど愛して愛して愛して……、


ねえアオ?僕達、愛し合ってたよね?
愛してるの言葉だって毎日交わしたし、濃厚なキスだってして、意識が飛ぶようなセックスだって数えきれないほど沢山した。

…でも、アオからしてみればこんな十歳以上も離れている僕なんて、小賢しいガキでしかなかったのだろう。

一瞬のお遊び。暇を潰すための道具に過ぎなかった。


けれども馬鹿な僕は、そのことに気が付かなかった。
アオが僕に優しい口づけをする度に、繊細なセックスをする度に、舞い上がって……、嬉しくて堪らなかった。


「僕はアオのこと大好きだよ?……ねえ、アオは?」


暗闇に支配されたホテルの一室で、ある日僕はアオにそう問いかけた。アオと出会って一年近くが経とうという日のことだった。
部屋の窓から垣間見える真っ暗な空には遥か彼方の星がいくつも点在していて、幻想的な世界を奏でていた。

「大好きに決まってるだろ。愛してる」という言葉が返ってくると信じて疑っていなかった。だからこそ、明るい口調で話しかけたのだ。



…なのに、なんでなの?どうしてなの?


「……さあな。体の相性が良かったからってのが一番だよ。え、お前もしかしてマジだと思ってた?“愛してる”って言葉が心の底からの言葉だと思ってたの?」


…ねえ、ねえねえねえねえねえねえっ、優しくしてくれたじゃん!僕を受け入れてくれたじゃん!…アオがしてくれるセックスは、いつも優しさで満ち溢れていた。
僕をさらり…、と撫でつける長細い指に、少し湿った掌。唇から吐き出される吐息は、僕の髪に触れてくすぐたかった。


「人は死んだら星になるんだ。星になって宇宙に溶ける。それってすっげーロマンに満ち溢れてると思わないか?もし俺が先に死んじゃったら、星になって空から見守ってるから。な?…さみしくないだろ?」


ある時アオは僕にそう言った。
アオは元々突拍子もない考えをすることがあって、僕もそれにはよく驚かされていたんだけど…。

星になって宇宙に溶ける、か…。
いかにもアオらしい考えで、非現実的。けれど、儚くて美しくて、希望に満ち溢れている。



……好き、


アオ、好きだよ……。


僕、何かした?アオを嫌がらせるようなこと、しちゃったかな?

もしそうなら謝るよ。謝って済まないなら…


手首にある数えきれないほどのリストカットの跡がむず痒い。
まだ治りきってない傷からはオレンジ色の組織液が滴って、アスファルトの地面へと落ちた。


穴だらけでしこりだらけのぼこぼこの耳。無数に張り巡らされたリストカットの跡。
……苦しみから逃れる為に、僕は自分自身を傷つけた。
鋭利な剃刀の歯は、女みたいに細くて白い僕の皮膚にめり込んで、ミシっと変な音を立てた。

痛くはなかった。
血が出るだけで、何も面白くなかった。心の空虚さから解放される訳でもなかった。


空を見上げると、綺麗な宇宙色に見合ったオリオン座がキラキラと輝いている。


人間はどうして感情を持っているんだろう。そんなものなければ、全てが上手くいったはずなのに。
無駄に成熟した感情が、精緻な苦しみと切なさを練り上げて僕に襲い掛かる。
……退廃的、クソみたいに退廃的だ。消えちまえ、…消してくれ、感情なんかいらない。
感情は苦しむためのものじゃないだろう?


………ああ。
アオに愛されないのなら、僕がここいる理由もない。なにもない。苦しいだけだ。
僕のことを嫌いになったアオは、二度と僕を愛してくれない。
…なら、死ぬしかないよね?




「……じゃあね、アオ。先に宇宙に溶けてくるね」




ポツリ、と小さく呟くと僕は身を投げた。











―――――――「愛してるよ、クロ。」




確実に告げられることのない言葉に思いを馳せながら。









「ねえ、アオアオ!ずーっと一緒にいようね!」

「……ああ、ずっとな」

「ほんとにそう思ってる?」

「思ってるよ、バーカ」

「…馬鹿って酷い!もー、アオの意地悪!」

                           
                          






星になる、宇宙に溶ける、宇宙色に染まる、
そして、



僕はアオと永遠になる。




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