contact【接触】





「…はるの…、は…です」

雨音に掻き消されて明確な声は聞き取れなかったけれど、またもや心地いい声が聞こえてきたことによって、俺は「…ん?」と微かに疑問を漏らす。

綺麗な人の隣に立っていたのは、一年前に見た優等生だった。
漆黒の少しだけ青っぽい艶やかな黒髪がサラサラと揺れる横で、またもや漆黒の、…いや漆黒ではないか、茶褐色の髪がサラリ、と揺れる。

なんたる美形集団だ、と俺は突っ込みたくなった。
優等生君、確か多田樹だっけ。名前以外何も知らないけど、入学式のあの日凄まじい美しさに皆目を奪われてたんだぜ?
美しさと儚さが融合して溶けあって、この世のものを超越してしまったかのような、そんな姿をしている。
だけど、はるのって呼ばれてた方も相当だな、こりゃ。名前まで綺麗だし、何も言葉が出ない。

はあ…、世の中には凄いもんがあるもんだ。モデル集団だと言われても即刻頷くわ、と思いながら彼らを遠目に傍観していると「会長、勉強は大変ですか?」という言葉が明確に聞こえてきた。

―会長。

耳に入ってきた言葉ははっきりとしたもので、俺の聞き間違いだということはなさそうだった。

―会長、って生徒会長のことか?うわ、マジかよ。

生徒会長とかやっていたなら期待を裏切らなくて笑える、って思ったけど、本当にそうだったのか。

良い意味でも悪い意味でも、期待を裏切らない奴。
前者はやっぱりな、という意味で、後者はつまんねえの、こいつ生きてて楽しいのだろうか?、という感覚。

知らない人間にここまで言われたくないよな…?
分かっているけれど、この優等生君を見ていると苛つきが募ってしょうがない。

「…はるの…行き…しょう、…」

雨音に掻き消されているせいで明確な声は聞こえなかったが、大体は何を言っているかが理解出来た。
恐らく「行きましょうか」と言ったんだと思う。

彼らのいる方向にじっと神経を傾けていると、互いににこやかな笑みを浮かべながらスタスタと歩いて行ってしまうのが見えた。
水溜まりに二人の足がぴちゃんと入って、それに乗じてピチャピチャという雨の日独特の歩く音が聞こえてくる。
それはどこからどう見ても、仲睦まじい様子だった。

けれど、俺の視線は多田の表情に釘付けになる。

「…泣いてる…。やっぱりあいつ…」

「はるの」という人に目配せをしてる多田の瞳は、蜃気楼が霞んだように小さく揺れていた。
普通じゃ到底気が付かないようなほんの一瞬の間、多田の心の奥底に隠された暗澹たる塊がありありと見えた。遠くから見ている筈なのに、内部にしまい込まれた悲しみが不思議と分かってしまう。
全然面識のない人間のはずなのに、何故か気にかかって仕方がない。

「…チッ…」

俺の大きな舌打ちは、大きな雨音に吸い込まれていった。



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