Lily【百合の花】





百合の花が泣いている。

彼のことを初めて目にした時、一瞬でそう思った。
フレーズが頭の中にパッと浮かんで、茶色がかった黒髪が目の端で揺れていることに気を取られながらも、俺の心は彼のことで一杯になった。

美しい人、って男にもいるんだな…。いかにも完璧そうで、優等生の容姿をしている。世界中にある美しさを掻き集めて、具現化したかのような人間がいるなんて。いや、それは流石に言いすぎか。

けれどそれくらい、彼の存在が皆の視線を集めていたことは間違いない。
男性も女性も性別を問わず彼の魅力に心を奪われ、ちらちらと好意の視線を送っていた。

「しーちゃん、しーちゃん、あの人凄い目立ってるね」

俺の隣を歩く男、―東川千里が楽しそうに話しかけてくる。

「ああ、そうだな。…つーかさ、その『しーちゃん』って言うの止めろ、って何回言えば分かんだよ」

「ええっ?しーちゃんって可愛いじゃーん。見た目はこんなにワイルドイケメンなのに、名前が女の子みたいで可愛いからね、ねっ?しーちゃん」

「…それ以上いったら首絞めんぞ、千里」

「きゃーしーちゃんこわーい…。そんなんじゃ新しい友達出来ないよ?」

実際は全然怖がってなどいない癖に、彼は「雫月はすぐ怒るんだから」と頬を膨らませながら腑に落ちない顔をする。

「怒ってねえよ…。時間ヤバいから早く行こうぜ?」

腕時計をちらっと確認すると、針は十時五十分を指し示している。つまり、入学式が始まるまであと十分しかないということ。
周りの生徒も「早くいこーぜ」「急ごう」などと口々に話しているのが耳に入った。

―あのいかにも優等生な方は、急がなくていいんだろうか?見た目に反して案外ルーズな性格とか?

どこに行ったんだろう、と先程まで彼がいた方向に目をやると、既に彼はいなくなっていた。そのことが分かると「残念だ」という思いを自分が抱いていることに気が付く。

は、なんで?俺は名前も知らないような奴のことを、なんで気にかけてんだ。

大体、優等生キャラは嫌いだっていうのに。
勉強が出来ることは別にいい。この大学の偏差値は結構高い方だから、俺もそれなりに勉強はしてきたつもりだ。

それはいいんだけどさ。
皆に差し障りなく優しく接して、先生にも好かれて、しかも勉強も出来ますっていうのは正直気持ち悪い。
「お前本当に人間なの?」って思うんだよ。自分自身の感情はない訳?と思えてしょうがない。

自分を殺して生きているようにしか見えないんだよな、俺には。


…まあ、俺の勝手な固定観念かもしれないけどさ。



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