一縷視点。

一縷視点。 | ナノ



一時間程が経った後、店の外に出て桜川のことを待つ。


あの、驚いた表情。
まさか俺に知られるなんてこれっぽっちも思ってなかったんだろう。
俺だって、まさかあいつがこんな所にいるなんて思いもしなかった。
驚かされたのは、俺の方だ。


カチャ、と音がして店のドアが開く。 


困ったように俺のことを見つめる姿は、他人としか思えなかった。


改めていつもの姿ではない桜川を見ると、整った顔立ちがより際立って見える。
月明かりに反射したその姿は美しさを超越していて。
今にも消えてしまいそうな儚さに、手を伸ばさなければならないと思った。
そうしなければこいつはきっと壊れてしまう。真っ暗な夜空に溶けていなくなってしまう。


恐らく、ボロボロの心に沢山の苦しみを背負ってきたんだろう。ずっと、一人で。
今までたまに感じていた違和感はこれだったのか、と妙に合点が言った。



時折見せる今にも泣き出しそうな哀しげな表情。
ヘラヘラと笑っていても、その瞳には何の感情も宿っていないように見えた。
何よりも、笑った後に一瞬見せる何かに傷ついたような顔。
見なければよかった、知らなければよかったと思った。

見てしまったら二度と忘れられない程に、哀しげな表情だったから。





それから俺は、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。
その瞳の色について、どうしても聞いておきたかったのだ。


「桜川、それ、裸眼なの?…つーかその髪はどうなってんだ?」


そう尋ねると、彼は何故だか少し嬉しそうな表情をした。
いつもの笑顔ではない、自然な表情に思わず目を奪われる。


学園までのたった五分の道のりが、永遠になればいい。
そうすれば、この美しさをずっと見ていられる…?


「似合わないでしょ」と自嘲気味に話す彼の顔は、さっきとは一転とても悲しそうだった。

何故そこまで自分を卑下する?
こんなに綺麗なのに、隠す必要なんて全くないのに、その綺麗な部分を全部塗り隠して…
一体、何に怯えている?
そこまでして隠さなければいけない何かがあるのか?


「綺麗だと思うけど。…俺はその目の色、綺麗だと思う」


思ったことをそのまま口に出して伝えると、少しの沈黙の後桜川は突然立ち止まった。
顔を隠すように不自然に横を向いて、何かを必死に探しているかのように思えた。
ちょうどその時仄かな月明かりが彼の顔に降り注ぎ、見えなかった表情が垣間見える。
夜空を彷彿とさせる瞳からは、ポロポロと涙が零れ出ていた。


「…泣いてる…?」


ポロポロと、彼の瞳からは涙が零れ出していた。



…綺麗だ…



不謹慎にもそんなことを考えてしまう程に、桜川は美しかった。何も繕っていない"本当"の姿は幻想的で、見る者の心を惹きつけて離さない。
瞳から零れだす星屑は悲しいはずのものなのに、そのあまりの美しさに目を離すことが出来ない…弱さも、脆さも、隠していた部分が本当の彼だったのか。

だから、こんなにも綺麗なのか。



笑っていなくていい。楽しそうにしなくていい。
泣いていいから、苦しんでいいから。
俺はそれを絶対に否定しないから。


だから。



自分を否定するな。
…捨てようと、するな。


俺は彼の手を掴んだ。
振り払われないように、しっかりと、けれど優しく。
骨ばった白くて綺麗な手が華奢な俺の手に触れる。

ビクッと彼の体が少し震えたのが分かった。                       
            

「…大丈夫、俺はちゃんとこの桜川のことを見てるから」



月明かりが雲に隠されて俺達に影をもたらし、萎れた桜は足元に散らばっていた。



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