一縷視点。

一縷視点。 | ナノ

気がついたら桜川のことが脳裏から離れなくなっていた。
ふとした瞬間に現れるあの表情が、忘れたくとも忘れられない記憶を練り上げてゆく。


心を落ち着かせたい時にいつも行くカフェへ行ってみても。
本を読んでも、何をしても。


忘れることができない…。




そんな時、俺の桜川への疑問が決定的になる瞬間が訪れた。


「…元気ですよ、毎日楽しいです」


体育祭の相談とその資料を運びに理事長の扉を叩こうとした時だった。
一瞬、誰の声なのか分からなかった。
低すぎも高すぎもしない声質からは、落ち着いた声の主が浮かんでくるよう。


扉を開けるタイミングを逃してしまった俺は、所々聞こえてくる会話に耳を澄ませていると「もしかして」という疑問が浮かんできた。


この声、どこかで聞いたことがある?
……もしかして、桜川……?



桜川の声を落ち着かせたら、こうなる、って感じの声だけど。


いや、まさか。
これが桜川だとしたら、彼は普段演技をしているということになるじゃないか…


落ち着かない心でじっと耳を澄ませると、微かに「首席」「特待生」という単語が聞き取れた。
そして次の瞬間、「春乃君」という言葉も。



…春乃、…はるの、…はる、の…


やっぱり、桜川…?



嘘だろう?
理事長と話ているのが桜川だとして、聞こえてきた言葉からすると、彼は特待生で首席…?

成績張り出しの時も、一度だって一位だったことなんてなかったはずだ。
考えれば考える程モヤモヤとした思いが心に停滞して「早く本当のことが知りたい」という思いが強くなった。


―ガチャ。


重く堅い扉が開きかける音がして、俺は慌ててその場から離れる。
そしてまるで、理事長室の反対側からやってきたかのように装った。


「…あ」


「…あ」


二つの同じ言葉が同じタイミングに重なる。
俺の視線の先にいる本当に驚いたような表情を浮かべた彼は、やはり桜川だった。
気のせいかもしれないが、彼の様子がいつもと少し違うように思える。
いつもより、人間らしいような、そんな。



やっぱりこれは、作られた姿なんだな。



疑問が、間違いのない確信に変化した。



―彼のことを知りたい、と激しく思った。



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