新緑の香りと澄み渡る青空 | ナノ
「俺は桜川を保健室に連れて行くので、会長は後処理と体育祭の進行をお願いできますか」
会長は何故か背を向けて顔を隠している俺を不自然に思っていることだろう。それを隠すように、一縷は首に巻かれていたタオルを俺の頭にかけた。
「…分かりました。桜川のこと、頼みます」
小さな会長の声は、掠れていた。
「勿論です」
……ふわり。
一瞬にして、自分の体が宙に浮かび上がったのが分かる。
もしかしてこれ、お姫様抱っこ?
この体制はもしかして、もしかしなくてもそうなんじゃ?
「このまま顔を出すな。そうすれば泣いてもばれない」
「やめて」と言おうとしたのに、一縷は俺の欲しい言葉を的確に紡ぐ。
また、泣いてしまうような気がした。
「…泣かないよ…。こんなんじゃ、俺いつも一縷の前で泣いてるみたいじゃん…」
強がってあまりにも明らかな嘘をついてしまう俺は、やっぱり人に弱さを晒すことに胸が苦しくなる程抵抗があって。
「いいんじゃないか?それも」
つい1ヶ月前は到底考えられなかった優しい口調で彼は言葉を繋ぐ。
「保健室、誰もいないみたいだな。まあそれもそうか、体育祭中だしな。本部にいるよな」
男一人を抱き抱えるなんてことは結構な苦行だと思うのに、彼は一回もフラつくことなく保健室まで辿り着いた。
まるで壊れ物を扱うかのように丁寧に、静かに、ベッドの上に座らされるのが分かる。
その瞬間、彼の体温が、身体から消え去るのが感じられた。
「…ごめん、迷惑かけちゃって」
口からまず突いて出たのは、謝罪の言葉だった。
「何で、謝るんだ?被害を受けたのは桜川の方だろう」
「…俺にも、原因はあるから」
普段から、あんな姿だからこんな目に遭うのだ。
これは、自分で蒔いた種が自分に跳ね返ってきただけで。
「もっとちゃんと自分を肯定したほうがいいんじゃねえの…?ほら、手首の消毒するぞ」
「…肯定してるよ?どっちの自分も」
ツンとした匂いのする消毒液に、続けて貼られる絆創膏。
「俺にはそうには思えないけどな。どう見ても、無理してるようにしか感じられない。本当の自分を捨てたがってるようにしか見えねえよ」
的を得た言葉は否定する余地すら持っていなくて、ただ押し黙ることしかできない。
「…やっぱり素の方がいい、桜川は。それと…さっきの走り、かっこよかった」
―ほらね、まただ。
どうして一縷はいつも俺の心を抉るのかな?
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