新緑の香りと澄み渡る青空 | ナノ
「桜川の奴、ホントうざいよな。会長と会計が可哀相でしょうがないよ」
「見てるだけでイライラするよなー。なのに何なの?いっつもヘラヘラふざけてると思ったらさっきは真面目に走ったりして」
「あれは本当にビビったわ。他人が憑依したのかと思うくらい別人の顔だったから」
ケラケラと嘲笑うかのような笑い声が響き渡る。
「なんだっけ、あいつの親衛隊の阿部?とかいう奴いるだろ?あいつも大っ嫌いだわ。
いつもちょこまかしててなー、女みたいな顔してるし小さいから襲ったら大人しくなりそう」
…怖い。
逃げたい、すぐにこの場所から。
「アハハまじで襲っちゃう?すぐに泣いちゃうかな」
……これ以上は、言うな。
俺はいくら何を言われても構わない。
けど、他の誰かが標的にされるのは許せない。
「…俺のことはいくらでも言っていいですけど、優李のことは悪く言わないでもらえますか〜?」
逃げればいいのに、正義感を振りかざすことを選んでしまった。
だって、優李を悪く言われるのはどうしても許せなかったから。
「桜川?は?なんでここにいんの。今までの聞いてたのかよ」
「…聞いてましたよ?」
「てめえほんっとにうぜえんだよ!いっつもヘラヘラしやがって…っ、虫唾が走る」
ドンっ、と抵抗できないほどの力で壁に叩きつけられた。
気づいた時には手首を押さえつけられた上に、鋭い爪がそこに立てられていて、あまりの痛さに声を出すことすらできない。
「…や、めて…痛い…」
「うっせえなあ。お前がイライラさせるからいけねえんだろ。さっさと失せろよ!」
怖い、怖い。
…どうしよう、体が動かない。
助けて、…誰でもいいから、
「…怖い…っ」
微かな叫びを発したのと、「桜川!」という大声が聞こえたのはほぼ同時だった。
「あなた達、何をしているんです。すぐに手を離しなさい」
「停学行為だぞ、これは」
突然現れた二つの影が、俺の知っている声を発する。
眩くて、眩くて、俺に手を差し伸べてくれる。かけがえのない、それは。
「…かいちょ…?いち、る…?」
「大丈夫ですか…?たまたまここを通りかかったら、あなたの声が聞こえたんです。来るのが遅れなくてよかった」
なんて、美しいんだろう、と思った。
まさしく、救世主の名が相応しい。
「…っ、俺らは何もしてねえよ!こいつが人の話を盗み聞きしてたんだ」
「だからと言って、人を傷つけていい理由になるんですか?」
「ならないな」と一縷が小さく呟く。
「あなた達は後で理事長室へ来てください。そこでどうするかを決定しますから。間違いなく、停学にはなるでしょう」
時が静止するようにピタリ、と反論する声が止まった。
会長の怒りを含んだ声は、反論することを考えさせない程に凛としていて、従う以外の選択肢を与えない。
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