The day when he was there…
『ねえ…なんで泣いてるの?』
小さな声が聞こえた気がした。
―あ、もしかして…―
外は嵐のような気候だ。
だから風に乗って誰かの声が聞こえてきたのか…それとも僕の幻聴なのか?
「おかしいのは僕…」
口に出してみると、一度肯定した事柄が更に重みを増した気がする。
知ってたよ、こんなこと。ずっと前からこんなこと…知っていた。
彼のお陰で光が見えて…だからこの切なさも、悲しさも、のし掛かる重みも…全部全部忘れてただけなんだ。
こんなことならいっそ虚無であればよかったのに。あの時、君と出会わなければ知らなくて済んだのに…
「優しい世界もある」ってさ。
「…大丈夫…だってエリオットはそこにいるんだから…」
剣術の練習に疲れたのかエリオットは珍しくベッドで横になっている。その姿を見て僕は「僕がおかしいだけだから…でも君がそこにいれば、世界は僕に優しい」と切に思い、そうであればいいと願った。
気付きたくない。着々と歯車が回っていることに。何かが狂ってきていることに。
悪夢から醒めて苦しそうな顔をするエリオットを見る度にその思いは積もるんだ。
思いが積もれば積もるほど意識していないのに涙が止まらなくなる。こんな姿はエリオットに見られまいと考えるほど僕は弱さを外に出してしまう。
エリオットはそこにいる。ちゃんと実体を持って僕の前に存在しているんだ。
―だけど何故?何で不安が胸の中に渦巻いて無くならないのだろう?―
『泣かないで、ってば。』
また声が聞こえた。少年なのか少女なのかそれすらも分からない。もちろんどこを向いてもその声の持ち主は存在しない訳で。
―君は、誰だ?―
声には出さずに疑問を胸に刻んだ。
『…知りたいの?』
声には出していないはずなのに、その声は僕の疑問に応答した。
『ふーん、知りたいんだ?』
挑発するような口調。今までの曖昧な声ではなく形をもったそれはやけに耳に馴染む。言い返してやろうかとも思ったが、思うように言葉が出なかった。
『でも、君は信じるかな?僕が君自身だってさ。』
―…君、自身…?何を言ってるんだ…?―
でも、その言葉だけが耳に残った。それは反響音のようにずっと、ずっと耳に居座っていなくなることを知らない。
「…は…?」
『僕は、君だ。…正確に言うと未来の僕だね。君だって分かるだろ?この声が自分だって。』
これを「夢」というのだろうか。僕の世界は混沌に物事を鎮座して、物語を動かし始めたのか?
でも、確かにそれは紛れもなく己自身の声で。
「君が僕?…じゃあその証拠を見せてよ。」
一瞬が永遠に感じられた。少しの沈黙も居心地が悪い、刹那が永遠に感じられる時間。
『それは無理だ。僕だって夢を伝ってここへ来れただけだし。僕の夢が終われば“この僕”という存在も記憶も消える。』
夢を伝って来たとか、そんな幻想まがいのことをどうしたら信じられるんだろう?
『…懐かしいな、ここ。』
疑問に浸っている僕の横で僕と同じ声が誰に言うのではなく呟いた。
「……懐かしい?仮に君が僕と仮定したとしても…懐かしい訳…ないじゃないか…だって僕はエリオットの従者だろ?」
返答は、ない。『ははっ』と悲しげに、それでいて憂いを含んだ笑い声が聞こえただけ。
『…優しい世界もある、なんて…そんなもの幻想に過ぎないんだ。』
ポツリ、と残酷な台詞が放たれる。
『世界なんて理不尽に決まってる。僕が映す世界にはもう―…』
風が季節を運ぶ匂いがした。
『この眼で見ている世界は、黄金の光は…後悔しかさせなくてさ。でも時間は戻せない。』
どこから来たのか分からない。そんな季節の香りを含んだ風が僕の髪を揺らす―…
視界が開けた僕の眼には黄金の光が舞っていて―…
―やめろ…「普通」ではないと再確認してしまう―
―「共有出来ない世界」に取り残されてしまう…!―