新緑の香りと澄み渡る青空 | ナノ
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「これより、私立海京学園体育祭を開催します。皆さん、今日一日怪我なく優勝目指して頑張りましょう」
会長の発する開会宣言で、体育祭が幕を切って落とされた。
雲の欠片すら存在しない澄み渡った青空に、青々と茂った新緑の香りが鼻をかすめる。
すっかり花びらを落として緑の葉だけになってしまった桜の木は、眩い朝日に照らされてその生命を輝かせているように思える。
「クラス対抗戦、どのクラスが勝つと思う?」
「…意外とA組だったり?」
「おまっ…、んな訳ねえじゃん。あのクラスは頭はいいけどこういうのは駄目だろ…しかも知ってるか?今年は副会長と会計が一緒に騎馬戦に出るって、話題になってるぞ」
「えー?あの二人めっちゃ犬猿の仲って有名なのに」
「絶対大変なことになるよなー怖いもの見たさで気になるわ」
喧騒の中から聞こえる生徒たちの声に、心の中で誰に向ける訳でない苦笑いをする。
犬猿の仲、ではないんだよ。
少なくとも今は、そうではなくなったから。
「どうしたもんかな…」
クラスの持ち場に足を傾けながら、俺はポツリと小さく呟いた。
悩んでいても、すぐに一縷と会うことになるのだからしょうがない。
競技は競技。
俺はいつもと変わらず、副会長でいればいいのだ。
「春乃様、頑張りましょうね!」
騎馬戦が行われる場所に向かいながら、優李がそう話しかけてくる。
周りのガヤガヤとした特殊な雰囲気に落ち着きのなさを感じていた俺は、「…そう、だね」と曖昧な返事を返してしまった。
「…具合が、悪いんですか?」
言葉を発してから語尾を伸ばしていなかったことに気づいた俺は、我に返ってはっとする。
「悪くないよお〜勝てるか考え込んでたら心配でボーっとしちゃったんだあ…だって、ゆうゆうに怪我されたら困るもん」
「ぼ、僕は大丈夫です!春乃様と一縷様のご迷惑のないように全力を尽くすだけですから…って……あれ、一縷様は?」
「一縷…っちは見回りに行ってるだけですぐ来るよお〜」
―あれから。
俺と一縷は以前とは違った意味でよそよそしくなってしまった。
以前が「嫌悪」だとしたら、今は「躊躇い」と言い表せばいいのか…
突然起こった変化に、晒してしまった本当の俺。
知られてしまった以上、チャラチャラした俺で接しようとすると激しい嫌悪感が体中を襲うのだ。
また一縷も、俺がいつもと変わらぬ口調で話しかけると、少し困ったような表情を浮かべる。
以前は苛立ちだったものが、悲しみに変化したような、そんな。
お互いにどこまで踏み込んだらいいのか分からない、見えない境界線に戸惑っていた。
多分、勇気を出して踏み込めば一瞬で光がもたらされる筈なのに。
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