新緑の香りと澄み渡る青空 | ナノ
自分でも、何故こんなにも涙が溢れ出すのか分からなかった…
彼を失った悲しみを再認識しているのか…?それとも本当の自分を肯定された喜び…?
感情が心の中で渋滞を起こして、俺は一体何に悲しんでいるのか理解できなかった。
もしかすると、それは喜びの涙だったのかもしれない。
一縷は涙でぐちゃぐちゃの顔を隠すように学園への道のりを先導してくれ、更には着ていた上着を顔が見えないようにかけてくれた。
優しさに、温かさに、ぽかぽかの陽だまりがあるのに、泣くことしかできない自分自身が恥ずかしくて堪らなかった。
「…桜川、部屋どこなの?俺知らないんだけど」
遠慮がちに下を俯きながら歩く俺に一縷は問いかけた。
「裏門の…、すぐ傍の小さな倉庫みたいな…」
もう俺に、「部屋の場所を教えない」という選択肢はなかった。不思議なことにこんなにも自分を曝け出してしまっているのに、最早焦りすら感じることもなかった。
感じる余裕もなかった。
「…え?あの白い倉庫?」
一縷は「まさか」という表情をしていた。
俺もまさか、彼があの目立たない建物の存在を知っているとは思わなかったので、驚嘆してしまった。
「あそこ人住めるのか…?」
「…住めるよ、住もうと思えば」
俺が発した言葉に彼は小さく笑った。
俺に対して聞きたいことが沢山あるはずなのに、その疑問を投げかけてこない彼の優しさが嬉しかった。
部屋に入るなり、彼は驚いた表情を浮かべる。
それもそうだろう.
まさかあのチャラ男がこんな閑散とした部屋に住んでいるとは誰も思わないと思うから。
壁に掛かった白いぶかぶかのカーディガンだけが、俺が俺であることの証明であるように思えた。
部屋に入りお互い気まずい雰囲気を感じつつも俺は床に、一縷はベットに腰掛ける。
「…そのピアス、すごい綺麗だな」
突然向けられた言葉に、俺は一瞬時が止まったかのような感覚に襲われた。
なんで、だろう。
なんで、一縷は俺の忘れたはずの記憶をこじ開けるんだろう。
なかったはずになったはずの、けれども存在していたことを否めない記憶の扉を開けようとするだろう。
忘れたい、忘れたくない…
……本当は、忘れたくない……
けれど、俺はその残酷な記憶を懐かしい思い出にはできない。
過去の記憶を拠り所にしながらも、それをびりびりに破いて捨ててしまいたい。
…苦しい…どうしたらいいのか、分からない…
「…ありがとう」
口から突いて出た言葉は、あまりにも小さな何ともありきたりな感謝の念だった。
それくらいしか、今はまだ答えられそうにない。
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