日常を為すべきだと、刹那

日常を為すべきだと、刹那 | ナノ

「桜川、それ、裸眼なの?…つーかその髪はどうなってんだ?」


何故だか俺への呼び方が「お前」から「桜川」へと変化した。そんなことを喜んでいる場合ではないのだけれど、俺にとってはそれがとても嬉しかった。


「これ?裸眼だけど…。髪は普段はスプレーで染めてんの。あとはアイロンでのばしてる」


副会長としてしか最近話していなかったから、どのように話したらいいのかが分からない。
俺、どうやって話していたんだっけ?


「まじで?普段のがカラコンなのは分かってたけど、裸眼が青だとは思ってなかったわ…青ってか藍色?…桜川、ハーフなのか?でも髪は黒だよな…」


「ハーフじゃなくてクォーターなんだ。何か目だけに特徴が出ちゃって…似合わないでしょ、はは…」


なんで気づくかな、と思いながら自嘲気味にそう言うと、先に続くべき言葉が見つからないもどかしさに耐えられなくなって、苦しくなった。
大体、飲み物を運んだ一瞬で目の色を確認されているだなんて思いもしない。



「綺麗だと思うけど。…俺はその目の色、綺麗だと思う」



……え…?


思いがけない言葉に、冷たく固まってしまったボロボロの心が溶けていくような気がした。
ポツリと呟かれたたったそれだけの言葉に、胸が苦しくなる。
苦しくて、苦しくてどうしようもなくなる。



どうして、そんなことを言うんだよ。




その優しさに、俺は油断してしまったのかもしれない。

春乃でいられることが嬉しくて。


いつもは副会長でいないとあのことばかりを考えてしまうのに、今この瞬間だけはそうではないことに気づいたから。
だから俺は、優しくて暖かい陽だまりに身を委ねてしまったのだ。


タイミング悪く月明かりに照らされた俺の顔が見えてしまったのだろう。
本当は焦らなければならないのに、それすらすることが出来なくて、感情に体中が支配されてしまって、溢れ出る涙を止めることが出来なかった。


「…泣いてる…?」


立ち止まって顔を隠すように横を向いて俯くと、先に続ける言葉を必死に探す。
たとえそれが見つからないということが分かっていても。



けれど俺が言葉を探すより先に、一縷のがっしりとした手が、俺の骨ばった手を掴んできた。

それは大きくて、安心感のある手だった。涙に触れて濡れてしまった俺の手を、一縷はギュッ、と包み込むように掴む。
「手、濡れちゃうから」と言おうとしても、口が思うように動いてくれない。一縷の真っ黒な瞳が、俺の瞳を捉えて離さない。


「…大丈夫、俺はちゃんとこの桜川のことを見てるから」


本当に、どうしてそんなことを言うんだ。

そんなことを言われたら、涙が止められなくなるだろう。



…何もかもが揺らいでしまうじゃないか。


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