廻る。








「…ハン、プティ、ダンプティ…」


忌まわしいそれは僕のことを守ろうと彼の方へ向かう。僕がグレンだから、それは自らの本能に従ったまでだ。…何も、おかしいことはしていないのだ。だって、守られることもまた、僕の役目なのだから。
けど、役目に乗じるつもりはない。君を助ける、その為に僕は…


―ドンッ


妙な感触が体中を貫いた。痛くはない。
おかしいな?今、僕は君の身代わりとなっただろう?突如としていなくなってしまった従者を探すエリオットに迫る影に、立ち向かっただろう?

―ああ、これ…

重力に耐え切れなくなった体を思うがままに解き放ち、地面に投げ出された僕の目に留まったのは溢れんばかりの血、だった。それを自分の血だと認識するまでには幾分の時間が掛かった。


―君のこと、守れたのか…


「リーオ?」


彼が大きな声で叫んだ。懐かしい声だった。求めて手を伸ばし続けたものだった。


「エ、リオット…」


思ったような声が出ない。君に声を届けたいのに。


「お、前…リーオか…?どう、いうことだ…」


途切れ途切れの言葉は彼が眼前の状況を信じられないことの表れだった。


「エリオット…また君に会えて嬉しいよ…君を助けることが出来て、僕…」


―綺麗な、青だ。
彼の瞳が僕を捉えていた。それだけで幸せだった。胸があったかくなる。


「君を助ける為にね…来たんだ、ここに。…時間を、超えて」


僕は自分が出来る精一杯の弧を口に描いた。


「時間…?一体、なにがどうなってるんだ…」


「僕はね、少し先の未来から来たんだよ。エリオット、君がね。君がここで僕のせいで死ぬ運命を、変えなきゃ、いけなかったんだ…僕が身代りになって君には生きて貰わなきゃ、いけないんだよ」


「身、代わり…?」


「う、ん…僕は、…僕は、ね」


言葉を止める。息が絶え絶えになり上手く言葉を紡げない。


「…君を助けることが出来るなら、君が生きてさえくれれば…僕が“生きていた”意味を僕は僕自身に課すことが出来る…っ…だから、」


彼の顔が歪んだ。怒っているのではなさそうだ。
こんなどうしようもない僕に呆れてしまったのだろうか?


「なんだよ、これ…意味分からねえよ…」


彼は言葉を止める。
意味なんて、分からなくていい。君に道をあげられるなら、たとえ君が不合理だと思おうとも、僕は満たされる。元々全てが狂っていたんだ。その“ズレ”をたった一つだけ、修正しただけなんだから。


「俺はっ…俺はお前が身代りになって生かされたこんな命を全うしたくない…っ!
リーオっ…リーオっ…どうしてお前こんな…」


ああ、エリオット。泣かないでよ。君が泣いたら僕も泣きたくなっちゃうじゃない。
どうして悲しむの。どうしてその純粋な瞳に涙を浮かべるの。
僕は嬉しいよ?だって、だってこれでよかったんだ。僕が出来る唯一のことがこれなんだから。
エリオット、分かってよ。…これが正しいんだってわかってよ。
これで僕も君も救われるじゃないか。



「僕にとっての救いはこれなんだ…ねえ、エリオット?」



大した意味もなく彼の名を呼んだ。「そうだな」と言って貰いたかったのかもしれない。
僕が奈落に堕ちた人間だということを否定して貰いたかったのかもしれない。
人は縋るものが無くなって尚何かに縋りたがる。それが人というものだ。僕が以前の“リーオ”でなかろうと、普通の人間が持ち得ない力を持っていようと関係ない。


視界が霞んだ。
エリオットの身代わりとなり身に刻まれた傷は、思ったより深いみたいだ。

…そうでなければ、困るのだ。僕は死ななくてはならない。僕と彼の立ち位置を逆にし、彼に未来永劫の道を与えなければならない。
だから。これは喜ぶべきことだ。

僕の愛は歪な形をしている。愛が不変なことなどあり得ないのに、僕は彼に愛を求めすぎてしまった。そして、彼も僕に愛を与えすぎてしまった。言葉にはしなかったけれど、心で通じ合っていた。…偏向した愛を僕らは正しい愛と信じていた。
いつしかそれはなくてはならないものとなり、だからこそ彼がいなくなって僕の心は慟哭したのだ。欠落した存在は僕を狂わせるのに十分な要素だった。
愛し愛されることがこんなにも辛いだなんて、思わなかった。

ねえ、どうして僕は彼と出会ってしまったのかな?こんな辛い思いをするなら出会いたくなかった。君を知らない方がよかった…!
けど、けど…

「君と出会えてよかった」と思っているのも事実で。二律背反した滑稽な感情はお互いがお互いを否みあい、縺れ合い、どちらがどちらなのかを分からなくさせる。



「…好き…」



彼の手が僕の頬に触れた。角ばったそれは懐かしさと愛おしさで溢れていた。





―君が笑う世界を、今ここに…











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