哀れむ少女8 | ナノ



                    



「拝啓 あの夏の思い出を手に取る貴方に。
突然ですが、真っ白な景色を帯びる世界をご存じでしょうか。降りしきる雪の中に言葉で言い表せない程綺麗な世界があるのです。
田舎で周りには何もないけれど、人情味溢れる人々は都会の価値観では図れない素晴らしさを持っています。 私はそんな町に十五年前に身を寄せました。そこで私は『百合』を捨て、新たな人生を歩もうとしたのです。

何故、そんなことをしようとしたのか…。私にはしなければならない理由がありました。
今から二十年前、当時十六歳だった私と一緒に暮らしていた父は墓場で私の日記を見つけ、そして目を通してしまったのです。貴方と共に墓場に向かった十日後のことでした。貴方もご存じの通り、父は執念深い人間です。 ですから日記によって私が『百合』で無いことを気づかざる負えなくなった父は私を目の前から排斥しようと、 存在を否定し始めました。
私は私であることを止められない、あの時私は貴方にそう言いましたね。
でも、その時ばかりは私が『百合』であったなら!と願ってしまいました。…願わずには、いられませんでした。 そして父は私をなじり、『百合』を殺した殺人者としてしか私を認知しなくなったのです。 お前なんかと一緒に暮らしていたから百合は死んだんだ!と何度も何度も言われました。
…私は父を殺そうともがきました。殺してしまえ、殺してしまえば楽になる。今しかないんだ!と何度殺人を計画したことでしょう。 ですが、事は前触れもなく終わりを迎えました。父が山中で首吊り自殺を図り死亡したのです。
父の遺体のポケットからはただ一言『百合に会いたい』と書かれた紙が見つかりました。父は病気だった、 そういってしまえば一言で済むのですが、私は父を病院へ連れていくことは最後までありませんでした。
どうしてでしょうか?今でもその理由は答えることが出来ません。もしかしたら、私は父がどんな人間であっても 『父』でいてほしかったのかもしれません。あれだけ貴方に偉そうなことを語った私も、所詮は一人になるのが恐く、 暗闇に取り残されるのが恐ろしかったのです。
私が学校に姿を現さなくなった理由は、以上の通りです。 父が亡くなってからの私の話は、割愛しておきましょう。 前述した通り、人生をやり直そうと日々を過ごす内に二十年が経っていたーそう言えば正しい表現になるでしょうか?

十日程前、知り合いが偶然貴方の執筆した本を読んでいる所に私が居座り、この小説を薦められました。 貴方前に夏には思い出がある、って言ってたよね?この短編読んでみなよ。なんか貴方っぽいっていうか…、と 言われ小説を手に取ったのです。
正直、とても驚きました。目の前が真っ白になって、自分のいる場所が分からなくなったくらいです。 ページをめくる度に、あの夏の思い出がありありと示されているのですから…そうでしょう?
読み進めてすぐに貴方が書いたものだと直感しました。 貴方の幼少時代の背景の背景が違っていましたが、何か意図があってそうしたのでしょうね。
そこには貴方の思いも、考えも、伝えたかったことも …全てが詰まっていました。私は、誤解していました。
貴方は私のことなど覚えていないだろう、と勝手に思い込んでいたのです。たったひと夏の思い出など、 貴方の心に何も残さなかっただろう、と。私の勝手な思い込みが私達の距離を二十年にも渡って引き離してしまいました。

ごめんなさい。でも、私は貴方のことを思い出さなかった日などありません。
貴方は私に勇気を貰ったと思っているようですが、それは私が言わなければならない言葉です。 貴方との出会いが、私に勇気を与えてくれました。恥ずかしい話だけれど、貴方と出会った時、私は『運命だ』とさえ思ったんですよ。

…もうそろそろ、話を終えましょうか。
大丈夫、もういつだって二十年の時を超えることができます。だから今はこのくらいにしておきますね。




追伸

この町の人々は私のことを『シロ』と呼びます。
私の名前になじらえてそう呼んでいるようなのですが、あまり似合わない呼び名だな、と笑ってしまいますね。
…さて、質問の答え合わせをしましょうか。
すぐに伝えるつもりだったものが1 二十年もの年月が流れてしまいました。本当にごめんなさい。
―でも、貴方は待っていてくれた。私は貴方を裏切ったのに、覚えていてくれた。ありがとう。 とても、とても嬉しくて言葉には言い表せません。もしかすると私は、今日の為に今まで生きていたのかもしれませんね。
今やっと人生の目的を知り、本当の意味で『私』に成れた気がします。
今日は私のスタートでもあり、ずっと縛られていた『百合』から解放される日でもあります。
夏の思い出を永遠に―。
私はいつまでも『貴方の勇気』でありたい、そう願っています。
                                                                        真白」


二十年前とは違う意味を持つ涙がポツリ、と手紙へと落ちた。
よく見ると便箋には私の涙以外にも、涙が零れ落ちたであろう跡がいくつもあった。




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