哀れむ少女7 | ナノ



2―2 現在



ああ、今年もまたこの季節がやってきた。
ジリジリと照りつける太陽がそのことを告げているみたいだ。今年の夏は例年に比べ気温が高いので熱中症に気を付けましょう、 とニュースキャスターが言っていたような気がする。
そんな物思いに耽っていると新刊発売になったのか?、と声がした。
うん、そうだよ。昨日発売になったの、と私は答える。

作家としての私が成功しているのかどうかはよく分からない。
第一は私は“成功” で物事を図るのが嫌いであるし、自分がそれでいいならいいと思っている。 …そう思うようになれたのも彼女のおかげだ、と自負しているけれど。

私の高校時代の思い出、いわば「半自叙伝」のこの短編作品を初めて担当者に見せた際、反対された。と、いうより批判された。
貴方が書く話にしては珍しくダークな感じね、 ちょっとびっくりした。他の短編は明るい話なのに、読者もびっくりするんじゃない?
とその言葉に「困惑」の意味を含ませながら言われたのだ。そんなことは分かっていた。 私が今まで執筆した話と言えば青春小説や恋愛小説 …話の集結がバットエンドであったことは稀で「幸せを言葉に紡ぐ天才!」 とキャッチコピーを付けられたことさえある。

でも、今回の小説は小説ではない。これは「もしも」を望みに託した最後の希望。
彼女が私の前から突然姿を消してから二十年が経った。…本当の名前も知らない、知っているのは顔だけ。
何より過ごす時間があまりにも短すぎた。 私はもっと彼女のことを知るべきだったのだ。あんなにも、希望を与えてくれたのに、私を変えてくれたのに。
夏休みが開けたら言おうと思っていた言葉は、今も胸にしまわれたまま言わずしまいだ。
もし奇跡の中の奇跡が起きて彼女がこの話を手に取ったなら、私のことを分かってくれるだろうか。
そんな淡い希望抱くだけ損だよ。第一、私のことなんて忘れてるでしょ、とは思う。
でもね。それでも、私は淡い希望を空に投げかける。

―私に勇気をくれて、ありがとう―
彼女に伝えたかった言葉、そして小説の終結でもある言葉を呟きながら私は小さく笑った。

              




       


「今年は本当に暑いわね…貴方も気を付けなさいよ?貴方って小説書きに夢中になるとそのことしか考えられなくなるでしょ?
だから暑い中で作業して、倒れたりしないでね、そうならないうちに言っておくわ」

小さな仕事場の中、扇子で顔を仰ぎながら私の担当者である斎藤さんが心配そうな顔をしながら言った。

「斎藤さん。そんなに心配しなくとも大丈夫ですよ。きちんと自分の体調には気を配っていますから」

「またそんなこと言って…あ、そうそう。手紙が来てたわよ。差出人不明だから渡そうかどうか迷ったんだけど…
出版社宛に送られてきたものだから、貴方に渡した方がいいと思って」

…手紙。

心臓が何かに啓示されたかのようにドキン、と高鳴った。私は、こんなにも期待していたのか…と改めて再認識する。
違うよ。違うって。来るわけないじゃない。あれだけ「期待なんてするな」と言い聞かせたのに。

「…わざわざありがとうございます」

小さな蝶々が可愛らしく描かれている封筒だった。
そこには見とれてしまう程綺麗な文字で私宛の名前と住所が記載されている。二十年前の夏がすぐそこに迫っているように感じられた。
蝉の鳴く情景。緑と花のコントラスト。それに似つかわしくない墓場。そして彼女の日記。
…私はその綺麗な文字をを目にしたことがある。

「どうしたの?固まっちゃって」

人の声など耳に入らなかった。そんな余裕などなかった。
ただただ「もしかしたら」が叶ったんじゃないか、という期待と相反する期待してはいけない、という感情が二律背反し、どうしたらいいのか分からない。
震えて言うことを聞かない手を無理やり動かし、私は手紙の封を切った。






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