哀れむ少女6 | ナノ




「私の、お陰?」

「貴方に出会って貴方の話を聞いた時…私も同じだなって思った。
自分の現状を受け入れたくなくて、どんどんどうしたらいいのか分からなくなっていって…先に進むのが怖いから、大人になることが怖いの。
だからね、嬉しかったの。私と貴方の歩んできた道は全然違うけど、もしかしたら貴方となら私は前に進めるかもしれないって…
貴方を今日ここへ連れてきたのは、そのためよ。きちんと説明しなくてごめんなさい。ここでないと、話せないと思ったから…」

私のことをそんな風に考えてくれていたの?と口に出してしまいそうになりました。

―でも、違うよ。私より、貴方の方がずっとずっと大人だし、「同じ」尺度が違うじゃない。

「貴方の方が私なんかよりよっぽど大人だよ」

「ううん。一緒…一緒なの。私が一緒って思ったんだからそれでいいのよ」彼女は静かにそう言うと「ねえ、私の決意を聞いてくれる?」と続けて言いました。

「決意?」

「そう、決意。私は私であることを止められない。それは変えられない事実よ。例え私が望まれずに生まれたとしても、父が私のことを分かってくれなくても。 私が私になれるその日まで、私は道化師でいるの。
…ねえ、私の本当の名前、知りたい?」

唐突にそう投げかけた彼女は「夏休みが終わったら教えてあげる」と楽しそうに言いました。

「…今は教えてくれないの?」

「楽しみは、取っておいた方がいいでしょう?私、楽しみは後に取っておくタイプなの」

彼女の笑顔はあまりに無邪気で、年相応であるその姿に私は言いようのない安心感を覚えました。ああ、彼女は私の前でなら道化師でいずにいてくれるのかもしれないと、純粋に嬉しかったのです。
だから、まさかこれが彼女との最後の会話になるとは思ってもいませんでした。


                             






「学校を辞めた…?どういうことですか?」

蝉の声は彼方へと消え、照りつける太陽も威厳を無くした新学期。私は彼女に会える喜びで胸が一杯でした。
彼女と過ごしたたった一日の時は、たった一日であるのに魔法のような力を持っているかのようで、その魔法を手に入れた私はもう、哀れみを感じる心も、体言出来ない不安も、存在してはいませんでした。
それほどに彼女の存在と彼女の言葉は強い効力を持っていたのでしょう。けれど、夏休み明けの教室に彼女は現れることはありませんでした。それはまるでポッカリ空いた机が何か悪い予感を示唆しているかのようでした。

「理由は分からないが…突然父親から辞める、と連絡があったんだ。
詳しい理由を聞こうと電話をしても、一切出なくてな…家を訪ねてもみたんだが、引き払っていてどうしようもなかったんだ。
何せ転校してきてすぐに退学するっていうのもおかしすぎるだろう?何か思い当たるようなこと知ってるか?」

「もしかしたら、」

「何か知ってるのか?」

「もしかしたら、彼女の父親に何かがあったのかもしれません。でも、分かりません…どうして…」

「動揺するのも分かる。君はよく彼女と話していたからな。…でも、どうしようもないんだ。…消えてしまったんだからな」

―消えた。いなくなった。この場所から。…私の前から。

「どうして、」

ポツリ、ポツリ、と悲しみの音が溢れ出し、涙は止まることを知りませんでした。
自分が流しているのが涙だと認識すると同時に悲しく、辛く、どうしようもない気持ちは私の心に入り込み、とめどない涙を溢れさせていくのですから。

「どうして?どうして何も言わずにいなくなっちゃうの…私は貴方に聞かなきゃいけないことがあるのに。
言ったじゃない…名前、教えてくれるって。楽しみは取っておいたほうがいいって…」

―聞きたいことも聞けずに、言いたいことも言えずに、何故?
―知ることが出来たのに。彼女が今までどれだけ大変な思いをしてきたのか…柔和な笑みには辛い経験が隠されているって。
それでも貴方は前に進もうと決めたってことも。

―何より、貴方は。

―言いようのない私の不安を拭ってくれたね。大人になる勇気をくれたね。
―夏休みが明けたら彼女に伝えようと思っていた言葉があったのに、それは永遠に伝える対象が無くなってしまったの?


「『私に勇気をくれてありがとう』って伝えようと思ってた。思ってたのに…」







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テーマ「人外ファンタジー」
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