褐色の木目調

褐色の木目調 | ナノ



「…アニメなんて見るんだ。超意外」


喉元を両手で押さえ込んだ瞬間、真山さんの声が後方から聞こえてきて僕はとても焦った。
幸い涙は出ていなかったから、何事もなかったかのような様子を装って両手をそっと首から引き離す。


「…アニメ好きなの?翡翠くんとアニメって、全然共通点があるように思えないんだけど」


部屋着からいつも通りの白のつなぎに着替えた彼は、出掛ける最中なのか大きめの紙袋を手に持っていた。
紙袋に入りきらずに飛び出しているスケッチブックが、「絵を描いてきたんだろうか」ということを容易に想像させた。
もっとも、彼が絵を描く以外のことをしているのを見たことがないのだけれど。


僕は曖昧に首を縦に振ると、段ボール箱から取り出したばかりのノートに『キャラクターに命を吹き込む声優が好きなんです』と記した。


「声優だけ?」と疑問を呈してきた真山さんに、慌てて『もちろんアニメも好きです』と文字を書き足した。


「声優ねえ…。何かを作り出すって意味では、俺と一緒なのかな。翡翠くんが声優になったら、面白いかもね」


僕が話せないのは明白な事実なのに。
…そのことを意識してなのかしていないのか、気を遣う素振りを一切見せずに発せられた一言に、ペンを持つ右手が止まった。


『僕は話せないんですよ。だから、もう、』


「もう」と書きかけて我に返った。


「―だから、もう、声優にはなれないんですよー」


出会って大した日数も経っていない相手に自分が声優だったことを言ってしまおうとするなんて、一体僕はどうしてしまったんだろう。


『すみません、何でもないんです』


『もう』の部分をペンで打ち消して、慌ててそう書いた。他人に読んで貰う字だから綺麗に書かなくてはいけないのに、感情が現れてしまったのか僕が書いた文字は乱雑になっていた。


「何でもない割には死にそうな顔してるけどね。
…俺、これから美術館に行こうと思ってたんだけど、翡翠くんも来る?ちょっとは気分転換になるんじゃない?」


今だけは、深く追求してこない真山さんに感謝の念を抱かざる負えない。外部を遮断する雰囲気が彼を孤独にしているのかもしれないけど、僕にはこの距離感が心地よかった。
無理に心の扉をこじ開けて来られると、どうしても身構えてしまうと思うから。


『美術館ですか?…どこの?』


「ここから歩いて10分くらいのところに美術館があるんだ。あんまりガヤガヤしてないから落ち着くし、やっぱり絵は俺の人生に必要なものだから」


「色がさ」と彼は続ける。


「俺には色がないんだよ。無色透明で、存在してないのと一緒。だから、色鮮やかな絵を見てると安心するんだ。…自分は無色だけど、キャンバスの上の世界はカラフルなんだって」


(…無色、透明?)


最初は何のことを言っているのか分からなかった。
けれど、「透明」という言葉を何度か頭の中で反芻するうちに「ああ、そうか」と妙に合点がいく。
具体的な内容は理解出来なかったけれど、漠然とした内容は僕なりに汲み取れた。


『真山さんは色が欲しいから絵を描くんですか?』


(もし、空っぽの自分を満たすために絵を描いているとしたら?存在する為に、絵を描いてるんだとしたら?)

あまりに悲しすぎる理由じゃないか、と僕は思う。


「…そうかもね。消えたくないから始めたことだけど、結局空っぽのままだから。
でももういいんだ。諦めたから。だから翡翠くんも、今俺が言ったこと忘れて?ごめんね、変なこと言っちゃって」


泣きそうに笑った彼は一瞬だけ僕と目を合わせると、「さ、行こう」と何事もなかったかのように言った。



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