褐色の木目調

褐色の木目調 | ナノ




与えられたのは、五帖ほどの小さな部屋だった。
お店の雰囲気に合わせて住居も作ったのだろう。お店のすぐ奥にある一階のリビングと寝室も、今僕がいる二階も、全て木目調で統一されている。
自宅というよりも、どこか田舎のコテージに来たかのような気分になる。ここは都心から30分程度の場所にあるカフェなのに、都会の喧騒を全て打ち消してくれる、そんな。


唯一設置が完了したテレビをつけると、タイミングよく以前僕が出演していたアニメの新シリーズが放映されていた。
本来であれば、僕もマイクの前に立っていたんだろうか。声優として成功して、自分に自信が持てるようになっていたのかな。


(二年半は、長いようで短い時間だったよ)


段々と海の顔がぼやけて明確な記憶が無くなっても、海が生きていたことを皆が忘れても、事実は何も変わらない。

寂しい。…寂しい、君に会いたい。
もし僕が死んだら海に会えるかな?それとも、もう海は違う誰かに生まれ変わっているのかな?


僕は寂しさに耐えられない弱い人間だから、住み込みバイトをすることにも頷いてしまったのだと思う。
誰かと一緒にいれば少しは気が紛れるかもしれない。
…それだけじゃない。僕は、誰かの温かい優しさに触れたかった。死にたいと望みながらも、「生きていていいんだよ」と言われたかった。


「―メールを受信しました」


段ボール箱の中から書物やら服やらを取り出していると、ふいに携帯が鳴った。
カーペットも敷かれずに年輪の模様がむき出しになっているフローリングに指を這わせる。


(…メール、誰からだろ。声優関係じゃないといいなあ…)




「海葉、久しぶり。二年半ぶりくらいか?いきなりこんなメールを送ってごめんな。

君がいなくなって、『声優の紗希海葉』がどれだけ大切な存在なのかってことに改めて気付かされた。
俺が偉そうなことを言えた義理じゃないけど、君が演じたキャラクターは皆命を持ってた。キャラに命を吹き込むってああいうことをいうんだって驚かされた。

よくよく考えたら俺は、君のことを何も知らない。名前も、普段何をしているのかも、知らないんだよ。
でも、俺にとって君は大切な存在なんだ。
これだけは分かっていてほしい。君を待っている人が沢山いるんだってこと。
長くなってごめんな。また会えたら嬉しいな。」


空気を吸い込もうと思っても、上手く体内に入っていかない。喉元がギュウッと締め付けられて、冷や汗がじんわりと顔に滲んでくる。


(僕はもう話せないのに)


過去の栄光は輝かしいものであると同時に疎ましい要素を孕んでいる。
…そういえば、「紗希海葉」という名前を付けてくれたのも、海だったっけ。


(…待ってる人がいるって言われても、僕にはもう利用価値がないのに)


テレビから聞こえてくる声優達の声。
喉に精一杯力を込めて、声を出そうとした。


「……っ……」


喉が焼けるように痛い。
出て、出てよ。どうして出ないんだよ。いい加減、僕に声を返してくれ…!



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