褐色の木目調

褐色の木目調 | ナノ


「―カルトセゾンっていうのはね」


石田さんがそこで言葉を切る。
若いのか歳なのか判別が出来ない容姿をしている石田さんは、口元に柔らかい笑みを浮かべた。


「フランス語で『四季』って意味なんだよ。
僕は学生時代にフランス哲学を専攻してたんだけどね、その頃から将来はカフェを開きたいと思ってたんだ。それも普通のカフェじゃなくて、小さくていいから温かさが人を掴んで離さないようなカフェをね」


「はい、アプリコットのジャムね」と小ぶりの瓶をそっと目の前に置かれ、僕は会釈をしながら感謝の念を示した。


「それで成功したんだからすごいですよね。コンセプトは『温かみのある木材に包まれた空間』でしたっけ?実際にそれを作ったんだから」


「それを言ったら蒼人君だって大大大成功してると思うけどなあ…。『天才』としか持て囃せないメディアも如何なものかと思うけど、僕は蒼人君の作品が好きだよ」


言いたいことは見つかるけれど、もし僕が話せたところで相槌くらいしか返せないだろうと思う。
昔から人様の会話に入ろうとすると、「やっぱりやめた方がいいんじゃないか」と思い留まってしまう癖があったから。
僕は言葉を持っていても、それを外側に出せない臆病者だった。


「…俺、『天才』なんて言われてるんですか?テレビ見ないしネットも見ないから全然知らなかった。
どうでもいいんですよ、そういうの。外から俺という人間を勝手に括られても困るし、イメージ付けられても困るだけです」


凛と澄ました声が食卓を取り囲む。

真山さんと出会って一カ月ちょっとの僕が言えることではないけど、彼には人を寄せ付けまいとする雰囲気があって、そのせいで大学でも「天才だけど近寄りがたい」と遠巻きに俯瞰されているようなところがある。
髪色然り、格好然り。でも一番は、「自分には他人なんて必要ない」と思わせるような外部を遮断する雰囲気だと僕は思う。


「うーん…メディアって、そういうものだからねえ…。人を枠で括って都合のいい風に解釈して、メディアの利益になるように仕向けるものだから。
悲しいけど、それが現実なんだよね」


飲み込みかけていたトーストが上手く喉を通っていかなくて、無理やりコーヒーを口に含んでトーストを流し込む。トーストとアプリコットのジャムとコーヒーの味が混ざり合って何が何だかよく分からない味になってしまったものをごくん、と飲み込むと真山さんと目が合った。


「翡翠君は、俺のことを天才だと思う?」


尋ねられた問いは予想外のもので、僕は縦に首を振ることも横に首を振ることも出来ない。


―天才とか、そういうんじゃなくて。

真山さんが抱えている悲しみや苦しみや憎しみが、あんな風に素晴らしい作品を作り出してると思うんです。行き場所を無くした感情の捌け口が、パレッドに敷き詰められた色を介してあなたの気持ちを代弁してるんだと思うんです。

だって時々、本当に悲しそうな表情を浮かべるでしょう?


「まあまあ、いきなりそんなこと聞かれても困っちゃうでしょ。まだ君たちは出会って一か月ちょっとだし、積もる話はもう少し仲良くなってからでいいんじゃないかな?
とりあえず今は、翡翠君にバイト内容の説明をさせてもらうよ?」


石田さんは困った様子でそう言うと、視線の泳いでいる僕の瞳を静かに捉えた。



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