哀れむ少女3 | ナノ





2―1 現在




「本日のニュースをお伝えします。本日未明、東京都世田谷区の住宅街で遺体が発見されました。
遺体は死後一ヶ月以上は経過しているものと見られ、警察は身元の解明を急いでいます。閑静な住宅街での―」

テレビから流れるニュースの音声を耳に入れつつ、私は文章を打つ手を止めた。もの凄く、疲れている。
疲労感に体が支配されてしまいそうだ。それほど長い時間集中していた訳ではないのだが、何故だろう?
過去のことを思いだしながらの作業が自分の思う以上に負担が掛かっているのだろうか。

「まだ起きてたのか?もう四時になるんだぞ?あれほど無理するな、と言ったじ ゃないか」

背後から聞こえる聞き慣れた配偶者の声を聞き、私は少しドキリ、とした。

「もうそんな時間?全然気が付かなかった…というのもね、今回の話は執筆するのに時間が掛かそうなの。貴方にも話したでしょ、私の高校生の時の話。それを軸にして物語を書くって」

「ああ…以前君が話していた夏の話のこと?物事を哀れんでいた君と、その時に現れた少女の話だろ?」

「うん、そう。その思い出を軸にしながら執筆しているんだけどね…小説だけど半自叙伝のような形で」

まさか、あの夏の思い出をこんな形で露呈するとは思ってもみなかった。
当時の私は、私がこのような仕事に就くとは思ってもいなかっただろうし、それ以前「大人になって生きていける」自信など皆目持っていなかったから。

「『半』自叙伝と言うからには全てが本当の話ではないんだね?君が創造した設定もある、と解釈していいってことかな」

「その通り。目を通してもらえば分かると思うけど、小説の中での『私』の人生は至って平凡なのね。でも実際の私の人生は、まあ…平凡とは言えないものがあるから。兄は私が十三歳の時に自殺してしまったし、それが原因で母はおかしくなってしまったし」

「じゃあどうしてそのことを小説の中で書かなかったんだい?その方が書きやすいだろうに」

「書き易いから、書かなかったの。あの夏、確かに私は全てを哀れんでいた。
そうなる背景には兄の死だったり、母の病気が関係していたと思う。それは断言出来る…けど、けどね。仮に兄が自殺せずに母が病気にならなくとも、私は哀れんでいたと思うの。そういうトラウマ的要素が無くとも、当時の私の心情を説明出来る言いようのない自信のようなものが生まれてきて。…だから、」

心に浮かんでいる感情を、実際に言葉に構築して説明するのは難しい。言葉にすることが不可能な感情だって、この世には存在するのだ。

「君の感情を無理やり言葉に置き換えれば、世界自体が既に『哀れまれるべき』
要素を持っていた、ということだね?」

彼は、聡い。時に一緒にいることが恐ろしくなるほどに聡く、私が言葉を創造しなくとも分かってくれる。

「もしかして貴方は私のことなんて全てお見通しかもしれないけど…それでも聞いて?
…私の生まれた時代って、丁度日本経済が悪くなり始めた頃でね。そんな状況の中でも成功した人は勿論いたけど、それと同じくらい失敗した人もいたの。
その人達は『社会で負けたもの』と見なされる。もう一度這いあがるには相当な覚悟と忍耐が必要だったと思う。
私たちは成功する大人になるように、勉学に励むようにって教育されていたけど …思ってた、『成功』一言で人生を図るなんて間違ってる、って。それで幼いなりに考えたんじゃないかな。『成功なんてしなくていい。そんな言葉でしか価値を計れないなんて…汚い。…汚い!大人になれば嫌でもその汚い世界に身を置くことになる。…汚い感情を知ることになる。だったら、大人にならなくていい』ってね。
当時の私には一生懸命頑張ってる人は、大人に成ろうともがいてる、って思えた。自ら汚い世界に足を踏み入れてるなんて、どうしてだろう?私はそうなりたくない。彼女と言葉を交わして始めて、そのことに気づいたんだけど、気づくのが遅すぎたと思う。
それからね、今こうやって言葉にして改めて認識すると、一六の私は相当ひねくれてたな、って感じるの。
だって、普通そんなこと思わないでしょ?」

普通はね、ともう一度心の中で繰り返す。
普通なら目の前に引かれた大人へのレールを、淡々と掛け上っていくだろう。
それが世界に身を置くということだから、疑うことも、勿論それが間違っているなんて考えもしないで。

「何が普通で、何が普通じゃないかなんて分からない。きっとそれは、僕が死ぬまで分からないだろう。
…でも、君の言っていることは分かる。だから僕は普通じゃないのかもしれないな?」

彼はそう言うと「でも、それでいい」と小さく呟いた。
その言葉には不思議な響きが含まれているような気がした。

「ああ…君と話をしていたらその夏の話、もっと聞きたくなっちゃったな。さっき僕は君に『無理するな』と言ったけど、
今日だけは特別だ。僕にもっと話を聞かせてくれないか?」

聞いていても大して楽しい話ではないだろう…でも、彼の瞳は真っ直ぐと私のことを捉えていた。
純粋に聞きたいという気持ちが伝わってくる。

「―分かった。じゃあ、私が書き終えた話の続きから話しましょう。貴方にも以前話した話の続きでもあるわ。
『着いてきて欲しい場所がある』と彼女は言った。だから私は躊躇いはしたけどその誘いに首を縦に振ったの。彼女のことをもっと知りたい、っていうのもあったし単純にどこへ連れて行かれるのか興味があった。
そこで私は―」





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