無彩色の桜

無彩色の桜 | ナノ




「聞こえてんの?頭だけじゃなくて耳も悪い?」


聞いているこちらがギクリとしてしまうことをサラリと言いのけたその人は、怪訝そうに眉を顰めた。プラチナブロンドの髪が風に靡いて、僕の瞳はそれに釘付けになる。


「真山…」


金髪男が押し黙ったのは、注意されたからではないだろう。「真山」と呼ばれた男性の見た目と雰囲気があまりに突飛なものだから、思わず口を噤んでしまったに違いない。
この人の言うことに従わなければならないと思わせるような不思議な力が、その人にはあった。


「…分かった?分かったなら返事。『はい』は?」


決して大きい声ではないのに、彼の声はしっかりと耳に響いてくる。
驚きのあまりその場から動くことの出来なくなった僕は、やっとのことで視線を上方向へと動かす。


「…はい…」


弱々しい金髪男の返事が聞こえてきたのと、真っ白な服に散りばめられた絵の具が目に飛び込んできたのは同時だった。
絵の具のパレットのように様々な色が飛び散ったその洋服に対して、僕は「わざとじゃないよね?」と思わずにはいられなかった。

…だって、その人の容姿があまりに目立ち過ぎていたものだから。見た目が凄いと言う意味でも、顔立ちが整っているという意味でも。


「分かったならいいよ。…じゃ、俺は行くから」


視界の隅でサラサラの髪が揺れる。
「待ってください」と言おうとしたけれど、自分が話せないのだということに気づきハッとする。


(……これを逃したら、どうなる?僕は二度とこの人に会えないかもしれない…?)


海を失って以来、他人に固執したことはない。誰かと深い関係性を築いて、その人を失うのが怖いからだ。
もう僕は、大切な誰かを失いたくない。だからあの日から他人と一定以上の距離を保って、自分にとって失いたくない人間は作らないようにしてきた。


「やっぱりあいつおかしいよな…。流石天才画家さんは俺らとレベルが違うってか」


(…天才画家?)


呆然と立ち尽くしている間に彼は随分と先の方まで歩いてしまっていた。目立つ容姿のお陰で探す努力をしなくとも彼の姿は見つかったけれど、新学期のこの人の多さでは見失ってしまうのも時間の問題だろう。


(…待って、)


『…待ってください!』


案の定声は出なかったけれど、考える理性よりも衝動が勝った僕は勢いに身を任せて足を動かした。
あの人を追いかけなきゃいけない、その一心だった。

至るところに点在する学生が全速力で疾走する僕の姿に注目してくる。いつもの僕だったら恥ずかしさに耐えられなくなるだろうけど、今はそんな余裕がなかった。


(待って!)


真っ白な洋服の腕を掴むと、その人は直ぐにこちら側をくるりと向いた。近くで改めて容姿を見ると、人間らしくない美しさに僕は目を見開かずにはいられなかった。普通に考えてプラチナブロンドの髪と真っ白なつなぎが似合う人間なんてそう簡単には見つからないと思うけど、目の前の彼は何故かそれが良く似合っている。


「…何、どうしたの?」


灰色の瞳が驚嘆したように丸められる。
僕は「カラコンかな?」なんて思いながら慌てて掴んでいた腕を離した。


「……またあの人達に何かされたの?」


(どうしよう、早く意思表示出来るものを…)


慌ててポケットに手を突っ込んで携帯を手に取った僕を見て、彼は訝しげな表情を浮かべた。
大丈夫、こういう反応をされるのは嫌というくらい慣れている。


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