音のない青

音のない青 | ナノ


意識が現実世界から消えていくのが分かった。
何か熱い塊ー真っ赤な物体が腕を掠めて、身体中に激しい痛みが走る。意識を保とうと必死に瞳を開けると、コバルトブルーの空が視界に入ってきた。
「悠長にしてないで助けてよ」と言いたくなる程、呑気に構えている空が憎らしくて堪らなかった。


「海!…海…!」


体から重力が消え去って、海が僕から遠い所に行ってしまう。
とにかく、怖かった。助けてほしかった。
海と離れなくない。…一人は、いやだ。


「翡翠……。ーーーーー。」


これが僕が聞いた海の最後の言葉。悲鳴と爆発音に掻き消されて、名前しか聞き取ることができなかった。彼は一体、何を言ったのか…それは僕にとってどんな意味があったのか…。謎が明かされることは永遠にない。

僕は死にもの狂いで海の体にしがみ付いた。
死んでもいいから、僕から彼を取らないで…!二人共助からないのならば、一緒に死なせて。僕だけが助かるくらいなら、僕の命を他人にあげる。

二人一緒じゃなきゃ、意味ないんだよ。

体が千切れて、四方八方に切り裂かれるかのような感覚がした。
五感が完全に壊れてしまって、自分がどこにいるのかが全く分からない。もしかしたら、僕はどこにも存在しないのかもしれない。

海の節ばった指が僕の指と絡み合う。
男性的で逞しいそれを、絶対に離してはならないと思った。離してしまったら、二度と海と会えなくなる予感がした。


…海、行かないで…!
お願い、離れないで、離さないで。
神様…僕らを見捨てないで…っ、悪いことなんて、何一つしてないでしょ?


「海……っ…!」


彼の指がするりと僕の指の間を滑り抜ける。
消えゆく意識の中、目の渕からポツリと涙が落ちる感覚がした。

……落ちる。
真っ逆さまになって、彼方の世界へと急降下する。
完全体だった幸せな日々が、壊されてめちゃくちゃにされる。


「こわい……!」


今では忘れかけてきている自身の声をきちんと認識したのは、これが最後だった。持て囃され、時に羨まれ、褒められた天使の声は、荒々しい波に飲み込まれていった。

…音のある青は、音の無い青になってしまった。

そして煌めくブルーは、輝きの無い無彩色へと変化した。


「ごめん、海」


何故謝罪の言葉が口を突いて出たのか、自分でもよく分からない。もしかすると僕は、海が死んでしまうことを汲み取っていたのかもしれない。悪い予感を無意識に感じ取って、一人で生き残ってしまう申し訳なさに対して、彼に許しを乞いたかったのだろう。

ごめんなさい。
…許して、ううん、許さなくていい。

意識が消失する寸前に脳裏に浮かんだのは、「次目覚めた時に変わらぬ世界でありますように」という切実な願いだった。













「翡翠の夢は?」
「僕の、夢?…うーん、誰をも感動させられる声優になることかな?でもその為には、顔出ししなきゃ駄目かなあ…」
「えー、俺翡翠が芸能人になんの嫌だなー。いつまでも謎のままでいて欲しい」
「いつまでも謎って、何それ…。それに芸能人になるなんて一言も言ってないし」
「とにかく!いつまでも俺の為の翡翠でいて欲しいんだよ」





サウンドレスブルー



[5]


Prev
Next

back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -