ピアス






一粒の小さなピアスがある。
掌にポツン、と乗っているそれはとても小さくて、重量なんてとても感じられないほど。

他人からしてみれば、こんなものなんて「たかが普通のピアスでしょ?」って感じだろう。
どこのお店でも売っているような、何の変哲もない極普通のピアスなんだから。

でも、俺にとってはそうじゃない。
瞳と同じ色を宿した小さな粒が、どれだけ重要な意味を持っているのか…。俺自身計り知れないほどの重要性と希望を持ち合わせている。


かつてこの藍色は、仄かな桜色だった。
秋が俺に与えてくれた、掛け替えのない宝物はいつだって俺の耳元を飾ってくれた。

秋がくれたから、秋とお揃いだから、俺は本当に嬉しくて。一生このピアスをし続けよう、と強く胸に誓ったんだ。


けれど秋は俺の前から姿を消した。

……悲しい。苦しい。…死にたい。…分からない…、何もかもが分からなくなった。


片耳に付けられたピンク色のピアスは、永遠に一粒のまま。二度と対にはならない。
秋が存在するから一対の完全体になることが出来たんだ。俺一人だけ取り残されてしまったら、半分欠けた不完全のままになってしまう。


俺が左耳で、秋が右耳。
それぞれが一つずつつけるからこそ、何だか秋と一つになれたみたいでとても嬉しかった。




今俺の両耳に一つずつ付けられているのは美しい藍色のピアス。

もう片方じゃない。ちゃんとした対をなして、完全な形を持ってして俺の耳を飾る。
一縷がくれた、世界で一つだけのピアス。
自分の感情を認めて、前に進むことが出来た証なんじゃないか、って思う。

同性に恋をすることは、以前の俺にとっては罪を犯すことと一緒だった。
普通じゃない感情を抱くことは、世界に一人ぼっちで取り残されたような孤独感を孕む。

人は誰だって普通でありたい。
皆のいる世界から排除されたくなくて、怖くて、暗闇の中で膝を抱えながらもがき苦しむ。

秋を好きになったことで俺が抱いた嫉妬心も罪悪感も、今ならちゃんと認めることができる。

……あれは、あの時の俺の嘘偽りのない感情だった。
滑稽だ、って思われるかもしれない。でも、それでいいんだ。

感情を否定したって、それは心の奥底でうずくまったまま消えることは絶対にない。
否定すればするほど、自己否定に拍車がかかる。そして、感情は歪な形に姿を変え、醜さを露呈したまま自身を傷つける。


「……好きだったよ、秋」


耳朶に指を這わせながら俺はそう呟く。


……秋、好きだったよ。大好きだった。
ありがとね、俺と一緒にいてくれて。


俺は絶対に君を忘れない。紅色の思い出を暖かな思い出にして、前に進んで行く。
前だけを見据えて、新しい大切な思い出を大切な人と紡いでいく。



back
- ナノ -