桜を踏みしめる


「そんなこったろうと思ったよ。『雫月の負担を減らしたい』って意気込んでたもんね?」

「ちょ…、ここで言わないでよ」

樹が焦ったように言葉を発した瞬間、蓮華先輩の右手がゆっくりと俺の肩を叩いた。

「……ねーえ、雨谷君?」

ヤバい。この声色は、興奮しきってテンションが突き抜けている時の声色だ。今まで飲み会の席や合宿の際に、彼女がこうなったのを記憶している。

「これは、どういうことかな?」

…うっわー、やっべえ。
花宮が「雫月ん家の鍵が〜」とか言ってくれたお陰で間違いなく追及されるだろう。
はあ、どう対処しようか。

「お姉さんに分かりやすく全部話してごらん?」

有無を言わせぬ口調に、俺は「はは」と乾いた笑い声を零すことしか出来なくて、それを見た樹が俺の瞳をじっと見つめてきた。

「蓮華先輩。翔は僕の弟で、雨谷君とは三人で仲良くさせて貰ってるんですよ。…そうだよね?翔」

「あー、そうなんです。雫月が酔っ払ってる所を俺がたまたま介抱して、そこから知り合いになったって感じです」

「ほら、雫月も話してよ」という無言の圧力が花宮から発せられる。

「この二人の仰る通りです、はい」

肩に置かれた蓮華先輩の手の力がギリギリと強くなっていくことが恐怖すぎて、俺は彼女の方を向けないでいた。

「あああああああ!!!!!!!!正反対の双子!!!敬語じゃない多田君!!!バンドマンの片割れ!!!!この……っ、この興奮を誰に伝えればいいの!!!!!!!ねえ、雨谷君!!!」

首がもげるんじゃないかというくらい強い力で肩を揺すられたせいで、視界がぐらりと歪む。

「れ、蓮華先輩…、落ち着いてください」

樹の声も虚しく、彼女の暴走はヒートアップしていくばかりだ。

「―で、『雫月ん家の鍵』っていうのはどういうことかな?」










ひらひらと桜の花びらが地面に落下していくのを見やりながら、俺達三人はお互いに溜め息をついた。
風に煽られた薄い花びらは、不安定に揺れながら俺の足元にゆっくりと落ちていく。
春の到来を知らせる立派な桜の木々が目にも鮮やかな桜並木を作り上げていて、感嘆の息が思わず漏れる。

「改めて見るとすげえ光景だよな」

俺がそう言うと、樹が「そうですね」と呟いた。

…何で花宮に対してはタメ口なのに、俺に対しては敬語なんだろう。
梅の花が咲く公園でお互いに思いを伝えあってから1ヶ月が経つというのに、樹は未だに敬語でしか話してくれない。名前は「雫月」と呼び捨てで呼んでくれるようになったのに。
部員達といる間は以前と変わらず「多田」「雨谷君」と呼び合っているが、それは勘ぐりを入れられない為だ。

「大学ってこんな感じなんだ。初めて中入ったから新鮮だなー」

「本当にわざわざ来て貰わなくてもよかったのに」

周りの視線を気にしていないのか、花宮は樹に腕組みをしながら無邪気に笑う。
彼が笑みを浮かべた瞬間に、周りの群集がざわざわと湧いた。

「樹がどんな生活してるのか興味あったし?雫月が樹のことを大事にしてるのかも確認したかったし?」

「…大丈夫だって」

意外と花宮は世話焼きタイプだったということが、樹と付き合いだしてから明らかになった。
世話焼きというか心配性?
樹が兄で花宮が弟らしいが、これじゃあどう見ても花宮の方が兄に見える。

「酷い扱いは受けてない?二人で仲良く暮らしてるのはいいけど、いちゃいちゃするのはほどほどにね」

おいおい、酷い扱いとは何だ。
俺の方がよっぽど花宮から酷い扱いを受けてんじゃねーかよ。



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