桜を踏みしめる


「遅くなりましたー」

怒涛の新歓勧誘から帰還した俺は開きかけていた文芸部の扉をゆっくりと開けた。
そして、一瞬にして動きを停止した。

「は、花宮…?」

何故か花宮が部室のソファーに座っているのが見えるような?
…俺の見間違えか?

「やっほー雫月」

ひらひらと右手を振りながら困ったように笑う花宮は、部員達に取り込まれている。引退した筈の蓮華先輩が瞳をキラキラさせながら花宮の真横に佇んでいるこの状況に、俺は一体どう突っ込んだらいいのだろう。

「…なんでここに?」

俺がそう尋ねると、花宮は「樹の忘れ物を届けにね」と呟いた。

ーそういえば、樹はどこに行ったんだろう。
新入生の勧誘をしに二手に分かれたのはいいのだが、きっとどこかで捕まってんだろうな。あの容姿じゃ、行く先々で言い寄られてもしょうがない。


大学三年に進級した俺達は、サークルを統率する立場となった。

と、いうのも驚くべきことに俺は部長に選ばれたのだ。
文才はないし、皆を纏める能力がある訳でもないし、どう考えても樹の方が部長に適任だと思うんだけど。

俺を部長に指名した蓮華先輩曰わく、「多田君は途中入部だし、完璧すぎて近寄り難い所があるから」らしい。
「雨谷君の文章はすっごい繊細だしね。見かけによらず」とも言っていた。
文章の繊細さと部長の関係性はよく分からないが、とにもかくにも俺は部長に選任されたのだった。
それにしても「見かけによらず」って酷くねえか。

因みに副部長には樹が指名され、俺達二人が文芸部の未来を担っていると言っても過言ではない。

「樹は?どこにいるの?」

「多分すぐ戻ってくんじゃねえか?新入生にでも絡まれてんだろ」

花宮は「大学生も大変なんだね」と言うと、「…あのさ」と続けた。

「校門の辺りをふらふらしてたら『多田君?』って声かけられてさ。『双子の弟です』って言ったらここまで連れてこられて。…えーっと、蓮華さん?に」

…ああ、その風景が目に浮かぶよ、と胸の中で呟きながら俺は蓮華先輩に目をやった。

「雨谷君!!!何でどうしてこんなに素晴らしい情報を教えてくれなかったの!?多田君が双子だなんて!こんなに美しい人間がこの世に存在してるなんて許されるの?」

後半は最早趣旨がズレ込んでいるが、蓮華先輩が激しく興奮していることはよく分かる。彼女は頬を上気させ、拳を握り締めて俺と花宮を交互に見つめてくる。

「あの、蓮華先輩?新入生もいるしもうちょっと落ち着きませんか?」

このままではせっかく見学に来てくれた新入生達が逃げかけない。
恐ろしいまでの蓮華先輩の勢いは、獲物を仕留める猛禽類にも劣らないと思う。

実際問題、入り口付近に座っている三人組の新入生が怯えた表情を浮かべている。

「…翔?」

どうしようかな、と考えている最中タイミングを見計らったかのように樹の声が聞こえてきて、俺の焦りは再骨頂に達する。
今この状況で樹が蓮華先輩の前に現れたら、彼女は一体どうなってしまうんだ、と。

「あ、樹」

樹の瞳孔が驚愕によって丸められ、それを見た花宮は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「何で翔がいるの?」

「えっ、俺メール送ったじゃん。『雫月ん家の鍵忘れてったから届けにいくよ』って」

「……忙しくて確認してなかった」

目の前で繰り広げられる合わせ鏡の様相をした双子の会話に、蓮華先輩も部員達も釘付けになっている。
彼等を知らない筈の新入生達も、樹と花宮に注目しているのが分かる。



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