変化した、日常と。



変わったことは沢山ある。
あまりにも沢山のことが変化しすぎて、俺は戸惑いを隠せない。

まず、皆の俺に対する態度が変わった。そして、視線も。
教室へ向かおうと普通に歩いているだけなのに穴が開くほど見つめられて、俺がチラッと皆の方を見ると顔を真っ赤にして逸らされてしまう。

「ほんとに桜川なのか?」などと時々声をかけてくる人はいて、「そうだよ?」と肯定の言葉を返しただけなのにその人も顔を真っ赤にするのだ。

いい加減、へこんできた…。

確かに俺は教室で一縷に告白するという暴挙、大胆行動に出て目立ってしまったことは間違いない。
見た目も別人だとは思うんだけど、いい加減慣れてほしいっていうのが本音だ。

もう一週間以上経ってるんだから俺のことなんて忘れてよ、と思うのだが人の噂は七十五日というし暫くは仕方ないのかな?

てくてくと校舎までの道のりを歩きながら、俺はそんなことをぼんやりと考えていた。


「…あ、あの!副会長!」


下駄箱で上履きに履き替えていると背後から上ずった声が聞こえてきて、俺はくるっと後ろを向く。


「…?なに…?」


―うわ、優李にそっくりだ。
雰囲気がふわふわしていて優李にそっくりなその生徒は、頬を真っ赤に紅潮させながら俺の方を向いていた。

「あっ、あの!お願いがあるんです!」


「お願い?」


「春乃様と一縷様を応援する会を作らせて頂きたいんです!
お二人を邪魔するようなことは一切しないし、本当に見守らせて貰いたいだけなんです」

はるのさまといちるさまをおうえんするかい…?
脳内で漢字変換するのに時間がかかったが、え、つまりこの子は俺達のことを知ってるってこと?

他クラスの人にまで知れ渡ってるのか…?


「だ、駄目でしょうか…」


瞳をうるうるさせながら見つめられたら、俺が悪いことをしている気分になってくる。


「いいけど、ね」


困ったように小さく微笑みながら呟くと、雰囲気優李さん(勝手に名付けた)は突然俺の腕を強い力で掴んだ。

「やったーーーーー!!!!!!!!これでむふふな妄想が沢山できるっ!僕の学園生活も捨てたもんじゃなかったーーーー!
あっ、ごめんなさい…!決して不埒な気持ちを持ってるとかじゃなくて…と、とにかくありがとうございます…っ」

呆然と立ち尽くす俺を横目に、その子は「ありがとうございます」と数えきれない回数連呼していた。















「一縷、帰ってたんだ」


お互いの部屋に行き来することが多くなった俺達は、学校が終わると「どちらかの部屋に行くということが習慣化され始めていた。

一縷の部屋のチャイムを押してすぐにガチャッ、という音がしたことが嬉しくなった俺は、思わずそんなことを言ってしまった訳なんだけど。

「帰ってたんだ」って何か凄い恋人同士っぽいよね…?
同棲してるカップルみたいだな、って…。ああ、自分で言ってて恥ずかしくなってきた。

カーッと顔が刹那にして真っ赤になってしまった俺に一縷が気が付かない訳がなく、「恋人っぽいな、とか考えてたろ、今」と心の中を見透かされたかのような言葉が頭上から降ってきた。

「春乃ってすぐ顔にでるよな、特に最近は」


「…〜〜〜〜っ、ごめんってば!」


恥ずかしい……!!!
うわ〜〜〜〜!どうしよう、すっごい恥ずかしい!
頬が紅潮して目も当てられない顔になっているのが自分でもよく分かる。
穴があったら入りたい、とはこのことだ。


顔に出るよな、って自分では全く意識してないんだけど。
最近どうも感情が顔にありありと出てしまっているらしい。


「そんな笑顔を向けないでください!」とか時々言われるんだけど、普通に笑ってるだけだよ?
以前がヘラヘラだったとしたら、今は極普通にニコッと笑っているだけであって。
寧ろ皆を不快にさせることがなくなって自分では良かったと思ってるんだけど…。


顔を両手で覆い隠して悶絶していると、一縷がポツリと「ほんと、可愛い」と呟いた。


「可愛いな、春乃」


…えっ…、え、今何て言った…?
俺の聞き間違いでなければ「可愛いな」って聞こえたような気がするんだけど…



「…んっ……い、ちる…」


甘い甘い口づけは、俺をおかしくさせる。
頭の先からつま先までびりっとした電流が流れたようになって、今まで知らなかった、感じたことのなかった唇の柔らかい感触を際立たせる。


恥ずかしいのに…すっごくすっごく恥ずかしいのに。
なのに、甘くてふわふわしたそれは俺の好きという感覚を研ぎ澄ませる。


一縷が俺のことを好きだって行動で示してくれた。
大体、俺が伝えた思いに応えてくれただけでも、心がどうかなってしまうほど嬉しかったのに。


淀んで灰色に見えていた空が澄み渡った青色に見えるようになった。
それははっきりと明瞭に、鮮やかな色彩を持っていて、もう二度と色彩を欠くことはない。
心にぽっかり空いた穴が、好きという感情によって塞がっていくのが分かった。


過去が、新しい思い出によって塗り替えられていく。

でもそれは、過去が全部消えるんじゃなくて…。
過去の思い出の良いところはちゃんと残ったまま、現在の温かい感情が覆いかぶさって。

優しく優しく、俺を包んでいった。


「…ひゃ…っ」


三日月型に歪められた一縷の目元に目がいく。
それはやけに扇情的で、胸の高鳴りを未知数まで高める。
鳴り止まない鼓動がドクッ、ドクッ…と音を立てていて、間違いなくそれは一縷に伝わっているだろう。

だって、こんなにも体が密着しているんだから。


「…うぅ〜〜〜っ!だって…っ!いきなりそんなこと言うなんて……っ!」


「春乃が可愛い反応ばっかりするのが悪い」


しれーっとした表情で恥ずかしいセリフを言うもんだから、俺を目をパチクリしながら顔を真っ赤にするしかなかった。


…もう、なんなの……?


一縷は恥ずかしくないの……?


正直な話、一縷と同じ気持ちで結ばれているという事実をまだ信じることが出来ない。


だって、…だって、


一縷は元々俺のことを凄く嫌っていて、普通に話すこともままならなかったのに、カフェで働いている所を見つかって…、あの瞬間に秒針が動き始めた。

俺の凍えて冷え切った心を温かな感情で溶かしてくれて…。
そして、フィルター越しの世界が瞬く間に現実味を帯びていった。


「……俺、すっごい好きだよ。一縷のこと」


感情が心の中だけでは処理しきれなくて、俺は分かりきった思いをぽそっと吐露する。


「…知ってる」


嬉しそうにはにかむと、一縷は優しくそう言った。



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