love【愛】




走る。走る。

雨粒を掻き分けて、手を先に伸ばして。
多田に会うために、足を進める。

傘が俺の盾になってくれているお陰で、あの時みたいにびしょ濡れになることはない。
美しい雨は目に入る世界全てを幻想的に彩って、俺の背中を後押ししてくれる。

会いたい。会いたい。好きだ。
一緒にいたい。幸せにしたい。温かな愛情を与えたい。

溢れる思いが胸の中で渋滞を起こしながら、俺の心拍数を更に高まらせる。

駅前の公園というだけあって、その小さな広場のような公園はすぐに目に飛び込んできた。
人っ子一人おらず、周りの喧騒から隔たれたそこに多田の姿はあった。
春の気配を暗示する梅の木の真横で、背筋をぴんと伸ばして佇んでいる。

「…雨谷君?」

俺の気配に気がついた多田の顔が、こちら側にくるりと向く。
端正な顔立ちが傘の影に隠されているせいで、表情がよく確認できない。 

「…今まで多田の気持ちを考えないで、自分勝手なことばっかりして…何回も傷つけた。
合宿の時も、学祭の時も、この間だって…。多田が抱えてる莫大なものを受け止めきれるか分からなくて、結局救えなかった。
でも…、っ、でも俺は…多田のことが大切なんだ。多田を幸せにしたいし、ずっと一緒にいたい。…好きなんだ…」

傘がぶつかり合う感覚に続いて、多田に優しく抱き締められた。
その行為に驚いた俺は、思わず掌から傘を落としてしまう。

「夏合宿の時、本当に怖かったんです。心を侵食されて、自分が誰だか分からなくなって…。透明な雨が心に滲んだ気がした。
本当の自分を捨てようとしていた僕に『樹』と名前を呼んで、愛されなくても消えないことを教えてくれた。…ありがとう」

多田の華奢な腕が俺の首に回される。 
伝わってくる心音は今にも張り裂けそうな程で、お互いに緊張しているんだということがよく分かる。

「…僕も、雨谷君のことが好きだ」

甘い囁きは雨音にかき消されることなく、しっかりと耳に届いた。
恥ずかしそうに俺の肩に顔を埋める多田の頭を優しく撫でる。

「…そうだ、これ」

俺はポケットからビー玉を取り出すと、多田のことをそっと引き離した。そして彼の掌に冷たい雨粒を握らせる。

「愛してる。…樹は?」

やっと確認できた多田の顔は、薔薇のように真っ赤だった。
小さな唇が震え、褐色の瞳は俺を見据える。

「…僕も…愛してる」

多田は指でビー玉を摘まむと、それを雨降る世界に翳した。キラキラ光る水色の雨粒が、多田の頬にぴしゃんと跳ねる。

百合の花は満面の笑みを浮かべると、目にビー玉を近付けて静かに「…綺麗だ」と囁いた。




(fin.)



[81]


「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -