love【愛】




暫くの沈黙の後、花宮は再び話始める。

「時間が経つにつれて、笑ってくれることが多くなった。俺のこと『翔』って呼んでくれるようになったし、敬語じゃなくなった。二人で話して出掛けて…。無くした時間が戻ってくるような感覚だった」

多田の姿がどんどん明確になっていく。
…手を伸ばせば届く距離に、彼はいる。

「それで、親父に会ってさ。あの人…、母さんの過去の話を聞いて、普通の親子にはなれないことがよく分かった。親父は謝ってたけど、許せるか分かんないや。どっちにしても、長い時間が必要だと思う」

「…多田は、」

俺の言葉に被せるように、花宮は「…雫月にとって、樹はどんな存在?」と泣きそうな顔をしながら言った。

何故花宮がこんな悲しげな表情を浮かべているのか―。
彼は俺が思っている以上聡く賢くて、俺の心がどこに傾いているのか分かってしまったんだ、と思った。
俺の気持ちを花宮は分かった上で、答えを促しているんだ。

「大切な存在で、でも好きで括るには重たい気がする。俺は多田の抱えてるものを受け止められるのか?…多田の近くにいていいのか?」

「ははっ、樹と同じこと言ってる。これじゃ、俺の入る余地なんてないよなあ…」

ポツン、と雫がアスファルトに落ちる音がする。
その音はきっと、俺を明るい未来に連れて行ってくれる。

「…花宮、俺、」

「それ以上は言わないで。俺、全部分かってるから。雫月の瞳に誰が映ってるのか。…雫月の心に、俺はいないって」

明らかに強がった笑顔を浮かべながら花宮は言葉を紡ぐ。

「…ごめん」

「何で謝るの?雫月は何も悪いことしてないのに」

「花宮の気持ちに答えられなくて、ごめんな…」

謝罪の言葉を口にすると、あまりの申し訳ない気持ちに胸が苦しくなった。

―ごめん、花宮。気持ちを蔑ろにして、傷つけてごめん…

「雫月は樹にとっての雨なんじゃないかな。俺達の名前の由来って『大地』と『空』なんだけどね、雨は空から降ってきて地面に染み込むでしょ?」

「…ああ」

「俺は『空』だから雫月と一瞬しかいられなかったけど、樹は『大地』だから雫月とずっと一緒にいられる。大地に染み込んだ雨粒は、永遠に樹木の成長を支えていくんだよ」

雲間から落ちてきた雫は一定の速度を保ちながら舞い落ちて、優しく緑の大地に溶けていく。
ぴちゃん、という優しい音が聞こえてくる。 

花宮は「でしょ」と小さく呟くと、ポケットから携帯を取り出した。

「―あ、樹?今どこにいる?…駅前の公園?風邪ひくから室内にいなよ、って言ったじゃん。…いや、怒ってないってば。うん、うん…。動かないでそのままそこにいて?すぐに行くから」

電話の相手が多田だということはすぐに分かった。
受話口から聞こえる微かな多田の声は、俺の鼓動を早まらせる。

「…駅前の公園にいるみたいだから。…行ってきて?」

「…でも、」

「俺のことなんて気にしなくていいから早く行ってよ。これからも樹を包み込んであげて。泣かせたら、俺が怒るからね」

花宮の瞳からは今にも涙が溢れそうだった。
黄金の輝きを宿す星屑が、キラキラと光った。



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