love【愛】




「ちょっとー、雨谷くん。物思いに耽るのはいいけどミスしすぎ。今は仕事中なんだから、ちゃんとしてよね」

俺は散乱したガラスの破片を箒でかき集めながら「…申し訳ないです」と消え入りそうな声で言った。

「もうここはいいから注文取ってきて?今日は忙しいんだから」

「はい。…ほんと、すみません」

気を入れ直そうと思ったものの、その後もミスを連発してしまい、俺の調子は最悪だった。
ガラスは何枚も割るわ、オーダーミスはするわ、クレームはつけられるわ…。
いっそのことクビにしてくんねえかな、と思うくらいに精神がズタズタになる出来事が続けざまに起こり、自宅に戻った俺は盛大な溜め息をつく。

「もうだめだ…頭がごちゃごちゃで気持ちわりい…」

多田への恋心を自覚してしまった俺は、彼に思いを伝えるべきなのか何日間も思い悩んだ。
その割に、結論は未だに出ていない。

季節は冬から春へと移り変わろうとしているのに、俺の気持ちは一カ所に停滞したまま。花宮から相変わらず連絡はないし、勿論多田からの連絡もない。

―このまま大学辞めたりしないよな?

不安になった俺はベッドに潜り込んだまま意味もなく受信メールの確認をする。

「来てない…来てるわけねえんだよな…」

これじゃ完全に恋する乙女だ。
来ない連絡を待つくらいなら、こちらから連絡をすればいい。それなのに、襲いかかる恐怖心が真っ白なメールの本文を真っ白なままにする。

俺は多田が抱えてるものを受け止めることが出来るのだろうか?
多田の側にいる資格があるんだろうか。
答えの出ない疑問がぐるぐると頭の中で回っては俺を苦しめる。

「会いたい…」

恋に溺れきった俺の口から出てくる言葉は多田に対してのものばかり。

多田の心にもっと踏み入りたい。
苦しいことも、楽しいことも、全てを共有したい。
俺は「好き」よりもっと複雑な想いを多田に抱いているのかもしれない。それでも、大切にしたい気持ちは本心に違いない。
千里の言う通り、人を思う気持ちに異性とか同性とかそんなものは関係なくて。心に蔓延る尊い感情を消し去ることなど絶対に不可能だ

―待ってる。

「うーん」と唸りながらやっとのことで打つことが出来たのは、たったこれだけの言葉だった。
皆心配してるぞ、とか早く連絡くれよ、とか頭に浮かんだ文章は沢山あった。だけど、今の俺に唯一出来ることといえば多田を待つことだけ。
多田が前を向いて生きていけるようになるまで、俺はひたすら待ち続けるしかない。

送信ボタンを押し、静かに目を閉じる。
ベッドサイドに置きっぱなしになっているビー玉を手探りで掴みぎゅっと握り込む。

脳裏に現れた多田は、見慣れた姿のはずなのに垢抜けた様相をしていた。
一度目にしたら二度と忘れない美しい容姿。
やっぱり、多田には純粋無垢な百合の花がよく似合う。

俺は掌にビー玉を載せ、優しく微笑むと「樹」と呟いた。

「…愛してる。…樹は?」

玉響の刻、多田の瞳が驚きに満ち溢れ、朝露が煌めきながら百合の花に雫を落とす。
柔らかな掌にビー玉を握らせながら、黙って彼の答えを待つ。

「…僕も―」

言いかけた言葉は夢の世界へと誘われて消えていった。












『もう3月だというのに寒い日が続いていますね。この寒さはあともう少し続きます。来週は雪が全国でちらつく予定ー』

目が覚めても変わり映えのない日常が変化する訳がなく、テレビから流れる天気予報を聞きながら文芸誌の原稿に取りかかる。

あれは一年以上も前のこと。
俺が書く小説にそれといった魅力も文才もないことも分かっていたけど、誰か一人の心に響く話を書きたい。俺が紡いだ言葉に心を揺すぶられる人がたった一人でもいれば…。
そんな思いで小説を執筆した。

そして、頃合いを見計らったかのように多田が入部してきた。
慢心も甚だしいけど、「もしかしたら俺の小説を読んで入部を決めてくれたんじゃ?」とほんの少し思ったりなんかして。

…ま、違うだろうけどな。
カチカチとパソコンのキーボードを打ちながら物語の内容を練っていく。

「…この間の続編にするかな…」

「百合」という名の少女を主人公にした小説は、今思うと多田の姿を無意識に思い浮かべながら書いたものだったのだと思う。
入学式で初めて彼のことを目にした時から、俺の心は多田に奪われて、柔和な笑みの下に隠された本当の姿を知りたくなった。

多田の苦しみを知ったこと。愛を求めていることを知ったこと。花宮と偶然出会ったこと。全てが運命だったんだ。

「理屈じゃ説明できないこともある、よな」

「あるある」と自分を納得させながら携帯を手に取ると、タイミングを見計らったかのように赤いランプが点滅した。
「花宮翔」という名前が目に飛び込んできた瞬間、俺は勢いよく椅子から立ち上がってしまう。思い焦がれた連絡に思わず「よしっ」とガッツポーズをしてから、本文に目を移した。

―ずっと連絡しなくてごめん。
色々あったけど樹は大丈夫。だいぶ垢抜けたし、元気になったよ。
直接会って話したいんだけど、来週の水曜って空いてる?勝手に日にち指定して申し訳ない…。出来たらその日がいいなあ、なんて。
返信待ってます。
寒いから風邪ひかないようにね。



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