克服【overcome】




「小雨に変わっちゃったね。さっきまで雪だったのに」

カフェの入り口には翔が待ってくれていて、僕が泣きそうな顔をしてやってくるなり「頑張ったね」と優しく言ってくれた。
店内にいる母と翔の視線が一瞬ばっちり合って母が驚愕の表情を浮かべたのが分かったけれど、翔は頭を小さく下げただけだった。

「話さなくてよかったの?」

ポツポツと傘に落ちる雨の音を聞きながら翔にそう尋ねる。

「うん、まだ今はやめといた方がいいかなーって。もう少し時間が経ったら会いに行こうかな」

僕は「そっか」と呟くと掌を傘の外に翳した。
冷たくて、綺麗な雨粒。それが落下してきては掌を濡らしていく。

「…雨って、こんな色だっけ」

いいや、違う。
僕の知る雨は、もっと淀んだ灰色だった。こんなに透き通った美しいものではなかった。

「樹…さ。俺これからちょっと用事あるんだけど、すぐ終わるから近くで待ってて貰ってもいい?」

翔は申し訳なさそうな口調で言うと、鞄の中から携帯を取り出す。
ああ、誰かと約束してるのか。ならゆっくりしてくればいいのに、と思いつつも「うん」と頷いた。

「別に急がなくていいのに。何なら、先に帰ってるから」

「―駄目!ほんとにすぐ終わるから、近くで待ってて?」

有無を言わせぬ口調でそう言われ、僕はその態度を不思議に思いながらも首を大きく縦に振った。

「じゃ、終わったら連絡するから…。寒いから風邪ひかないように室内にいなよ?」

「分かってるって」

これじゃどっちが兄で弟か分からないな、と苦笑いしながら翔を見送る。









室内にいなよ、と言われたものの降りしきる雨があまりに綺麗で、僕はその美しさに思いを馳せていた。
あの時みたいに、身体中が水浸しになることはない。キラキラ光る雨の粒は、傘を滴り落ちて世界を彩っている。

何となく思うがままに足を進め、僕の足は小さな公園の前で止まった。
鉄棒とブランコが寂しそうに肩を並べている横には、紅梅色の梅の花がちょこんと実る立派な大木があった。
空気は芯から冷え切っていて冬そのものだけれど、季節は確実に春に変わりつつあることに気がつく。

ぽかぽかと暖かい春の空気が吹いて、心から笑える未来がきっとやってくる。
もう僕は愛を求めなくていい。母に愛されなくていい。
僕は僕のままでもちゃんと価値があるんだ。

…雨の雫が地面に落ちる。

心が、苦しくなる。大切な存在が頭に浮かび、感情が溢れた。

「…会いたい」

雨谷に、会いたい。
今の自分ならば、彼に思いの丈を全て話せるはずだ。

大切で、掛け替えのない存在。
楽しいことも、苦しいことも、全部全部共有したい。ずっと一緒にいて、些細なことで笑いあったり喧嘩したり。
特別なものは何もいらないから、ただ隣にいてほしい。

僕は彼のことが、好きだ。



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