私と僕【I and I】




狭い六畳間に大人が三人も座っているせいなのか、異様な重圧感が部屋中に漂っている。中心に置かれた木目調のテーブルを取り囲むようにして私と翔、父さんが座っている。
誰一人として一言も発せず、お互いの顔を見ようともしない。
視線を横にずらすことさえ恐ろしくて、うなだれたまま唇をギュッと噛んだ。

「…今更謝ってどうするつもり」

張り詰める沈黙を破ったのは翔だった。
口調から垣間見える怒りの感情は、いつも笑顔で優しい翔とは正反対の姿を表していた。

「大人達の勝手な事情に振り回されて被害を被った俺達の気持ちが分かる?二十にもなって初めて双子の兄弟がいること知るなんて、そんな馬鹿みたいな話があるかよ…!」

翔は「信じられない」と続けると、頬杖をつく。

「…本当に、悪かった…。あいつと離婚したときは一時の怒りに支配されて、全てがおかしくなってたんだ…。あいつが持つ闇に巻き込まれることが嫌で、俺は翔を連れて逃げた」

「あいつって…母さんのことだろ?」

「…ああ、そうだ。離婚直前のあいつは最早狂人としか言いようがなかった…。あまりに歪み過ぎて、直視するのも躊躇う程だった」

母さんが抱えている闇は、この目で嫌というくらい目にしてきた。
一見すると優しくて賢い、問題など何もない母親のように思えるけど、実際はそうではなくて。

母には自分の思い通りにいかないと、それらを無価値だと捨て去るような所があった。反対に自分の理想にありつけることを確信すると、それらに対して異様な執着心を見せた。
母にとっての理想とは「自分は叶えることの出来なかった夢を叶えてくれる優秀な子供」を授かることだったのだろう、と思う。

…分からない。
最初は普通に私のことを愛してくれていたのかもしれない。けれど、私が成長するにつれ母の愛は歪に変化していった。

「俺があいつに出会ったのは大学生の時で…たまたま授業で隣り合わせになって、一言二言会話を交わしたんだ。たったそれだけのことなのに、不思議と俺はあいつに引きつけられて、この人のことをもっと知りたい、と思うようになった。授業が被る度にたわいのない会話をして、徐々にお互いのことを知っていった」

父さんは言葉を切ると、私と翔を交互に見つめる。

「俺は当時バンド活動ばかりしてて、破天荒な生活を送ってた。真面目で優秀なあいつとは正反対だったし、恋愛に発展することは有り得ないと思ってた。…だけど一緒に過ごせば過ごすほどお互いに惹かれていって、その力に抗えなくなって…。あいつはいつも、私は弁護士になりたかったけど、学力不足の自分のせいで受験に失敗した。私には価値がない、と自分を卑下してた。だから、価値のない人間なんていない、っていつも言い聞かせてたんだ」

「…母さんは、賢さに固執してるんです。そういう人なんだ…」

私は汗が滲む手を強く握りながら、やっとのことで言葉を発する。

「学歴コンプレックス?」

ぼそりと呟くように翔が問いかけ、父さんはそれに対して無言で首を縦に振る。

「結婚するまでは、あいつがそこまで自分に劣等感を持ってるなんて分からなかった。単純に受験に失敗して、後悔の念を抱いてるだけだと思ってたんだ。だから俺はあいつを慰めて、慰め続けて…。そのうち、後悔の言葉は一切聞かなくなった。
大学を卒業して五年後に俺達は結婚した。毎日が平和で、不幸の片鱗もなかった…」

「…けど」と父さんは歯がゆい口調で言葉を止める。

「それからすぐに、あいつはお前達を身ごもった。…凄く喜んで、泣きながら報告してきたのを覚えてる。俺も本当に嬉しかった。一人じゃなくて双子だったの。あなたに似た可愛い子を二人も授かれたなんて私は本当に幸せ者だ、って、あいつは泣きながら言った。…毎日が、幸せだった」

「…何で、過去形なんだよ…」

翔が震える声で尋ねる。

「名前はあいつと二人で悩みに悩んで、やっとことで決まった。樹と翔という名前は、大地と空から取ったんだ。大地に根付く樹木と、大空を自由に飛翔する……そんな存在になって欲しい。外に出てみると必ず大地と空が目に入るだろう?決して無関係になることなく、両方が大切な役割を担ってる。俺とあいつはお前達が支え合いながらもそれぞれ伸び伸びと生きていって欲しい、と願ってこの名前を付けた」

初めて知らされた名前の由来。
母さんは、一度たりとも教えてくれなかった。それどころか、私の過去について一切話そうともしなかった。



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