私と僕【I and I】
公演が終わり外に出た時には、既に日が沈み始めていた。
ずっと縛り付けられてきた時間の観念とか、義務の観念から引き離された生活を暫く送ってきたせいなのか、時間の流れがゆったりと感じられる。
与えられた狭く苦しい場所でしか過ごしてこなかったせいで、大学生にもなってやっと世界の広さに気がついた。
「今度実際に星空を見に行きたいなー、その為にはどっかまで遠出しなきゃならないけど」
「うん、見に行きたいね」
「バイトも増やさないと、俺の経済力じゃヒッチハイクになっちゃうし」
「流石にヒッチハイクはやばいでしょ」と言いながら翔は笑う。
それに続けて私も笑った。
「あ…、樹。ちょっと荷物持っててくれない?鍵出さなきゃ」
今日購入した洋服を私に手渡しながら、翔はショルダーバッグからごそごそと家の鍵を取り出す。その手に鍵が握られた時には、既に家に到着する所だった。
すっかり本当の自宅のような愛着が湧いてしまった古ぼけた小さなアパートは、二人で生活するには到底小さい。けれど翔は文句一つ言わず私をここに置いていてくれる。
「――親父?」
突如として隣を歩く翔が驚愕した声を上げた。
「…なんでここにいんの」
アパートの前には一人の男性が佇んでいて、彼は私達の姿を見るなり度肝を抜かれた表情を浮かべた。手に持っていた皮の鞄が地面に落下し、その様子は明らかに狼狽していた。
「……樹、なのか?」
彼の視線がこちらへと移され私とばっちり目があった瞬間、凄絶な既視観念に襲われた。
細アーモンド型の瞳に、褐色の瞳。
私と一寸も違わないパーツが驚きを宿して、私をただじっと見つめる。
「別にもう話すことねえって言っただろ。俺は怒ってるんじゃなくて呆れてるって。無くした時間は戻せないんだからしょうがないってさ」
翔は私の手首を掴み「いいよ、行こう」と怒ったように言う。
けれど私はその言葉を無視し、石のように固まっている男性のすぐ側へと近付いた。
「…父さん?」
一目見ただけで、すぐに分かった。
この人と自分に血の繋がりがあって、私はこの人がいなければ生まれて来れなかったのだと。
「……樹、なんだな」
私は小さく「…うん」と呟き、もう一度「父さん」の瞳を一直線に見つめた。
その目尻にくしゃくしゃの皺が寄って、眉が泣きそうに歪められる。
「ずっと樹に謝りたかった。俺の人生で一番の過ちは、お前達を引き離してしまったことだから。…あいつの本質を知ってる癖に、俺は樹を置き去りにした。あいつが…、あいつが樹に異常な愛情を注いでいることを分かってたのに、見て見ぬ振りをしたんだ」
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