私と僕【I and I】




店を出ると「俺の行きたい所に付き合って貰ったんだから、次は樹に付き合うよ。どこがいい?」と尋ねられた。

「…行きたい所、って言われても」

「一つくらいあるでしょ、映画館とか、水族館とか…なんかデートスポットみたいになっちゃったけど」

「…どこでもいいの?」

「あったりまえ!ドーンと来い!」

普通に話しながら街中を歩いているだけなのに、道行く人々の視線が私達に向けられているような気がする。翔は全然気にしていないようだけど、見せ物になってしまったみたいで肩身が狭い。確かに翔は人目を引く容姿をしていると思うけれど。

「…プラネタリウム、に興味があって」

「プラネタリウム?星が好きなの?」

「幻想的だな、と思って…。 空に煌めく星は手を伸ばせば届きそうなのに、人間にとってはどこまでも不可侵な領域で…それが、夢に満ちあふれてると思ったんだ」

翔は「なんか、凄いロマンチックだね」と呟くと小さく笑った。

「…翔といると、星が目の前に輝いてるような気持ちになる。暗闇を照らす明るい星空みたいだな、…って。昔から、そうだったよね」

誰よりも眩しくて、誰よりも輝かしい存在、それが翔だった。


「それを言うなら、俺にとっての樹は綺麗な花だったよ。俺が持ってない繊細な感情とか感覚を持っててさ。母さんは明らかに樹のほうに愛情を注いでたし、正直羨ましいと思ってた。…って、今鮮明に思い出したんだけど」


「…注がれなくて、正解だったんだ」

私はそう呟くと、複雑な表情を浮かべる翔に視線を合わせた。彼は何かを言いたそうな素振りを見せたけれど、周りを取り囲む煩い喧騒がその邪魔をした。

 








電車に十分程揺られた所にプラネタリウムはあった。
興味はあったけれど行く機会が全くなかったせいで、どこにあるのかなんて知ろうともしなかった。

自分の意志で何かをしたい、どこかに生きたいと思ったことが殆どなかったのだと今更ながらに思い知らされる。人間の形状をした、限りなく操り人形に近い存在。自分の意志で行ったことでなくとも、あたかも自分で選び取ったもののように感じてならなかった。
恐らくはそう思い込むことで、個を消失することを避けていたのだ。

「プラネタリウムなんて初めて来たけど、結構広いんだね。本格的だし」

ぐるり、と周りを見渡すと円形状に取り囲まれた座席がほぼ満席なのが見て取れた。

「本当にここでよかった…?」

「樹は俺のことを気にしすぎ。俺の顔色なんて伺わなくていいからさ、樹がしたいことをすればいいんだよ」

翔が言葉を発する度に無くした感情が色彩を帯びて、バラバラだったピースが舞い戻ってくる。捨ててきた大切なものが居場所を得られるようになる。

「…ありがとう」

「感謝されるようなこと、何一つとしてしてないじゃん俺。当たり前のことを言ってるだけだよ」

翔が言葉を発するや否や、明るかった照明が徐々に暗転して、真っ白な丸型の天井が濃紺に変化した。
周りの観客達も視界が暗くなると共にピタリと喋ることを止め、空間は静寂に包まれる。

『―――天空に張り巡らされた輝く星々。それらは、どんな物語を紡ぐのでしょうか。私達が触れることの出来ない夢の世界には、瞬く星の素晴らしいハーモニーがあるのです。』

ナレーションが終わると、濃紺だった天空に黄金の煌めきが幾つも浮かび上がった。

『澄み渡る冬の空を彩るのは、オリオン座です。南方向を見つめてみてください。砂時計のような形をした星座が確認出来るのではないでしょうか。左上の赤い星はベテルギウス 、右下の白い星はリゲル、という名称でギリシャ神話にあやかっています。まるで、星の雨が私達に降り注ぐかのようですね』

…きらきら、きらきら。
数え切れない星々が真っ暗闇の空間を光ある幻想的な空間を創造している。 

美しいものを美しく思えるって、こういうことなのか、と思う。
淀んだフィルターを通さずに見る綺麗なものは、ちゃんと綺麗なままなんだ。まだ私にも、純粋な感性が残っていたんだ。

『オリオン座の左斜め上方にはふたご座が輝いています。 仲睦まじげに並ぶカストルとポルックスという星を確認できると思います』
感情を抑えきれなくなった私は、思わず翔の掌を握ってしまった。

この美しさを誰かと共有出来ていることの嬉しさ。
そして願わくば、次、世界の美しさをこの身に感じる時は雨谷と一緒でありたい、という自分勝手な望みが沸き上がる。

「……よかった」

何がよかったのかも分からないまま、思うがままの言葉が口から漏れた。
ここに来ることができてよかったのか、美しく思えたことがよかったのか、翔と一緒にいられてよかったのか。

分からないけど、嬉しさで視界が滲んだ。



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