私と僕【I and I】




夢の中で、色々なものを見た。
見慣れた母との思い出が次々と映し出され、幼い私は笑ったり泣いたりしていた。
絵本を読んで貰ったこと、雨降る日にビー玉を買って貰ったこと、テストが満点で誉められたこと、テストが出来なくて否定されたこと。

そして、翔を羨ましいと思っていた幼き日の記憶。
正反対の翔のことを、手の届かない遠い存在だと思っていた。瞬く星のような彼に、自分もなれることが出来るなら…そう願っていた。

夢の最後には、雨谷の姿が出てきた。
掌にビー玉を乗せた彼は、屈託のない笑みを浮かべながら「樹」と優しく囁いた。彼の周りには水色がかった雨がしとしとと降っていて、まさしく雨谷を表しているかのようだった。

「…愛してる。…樹は?」

彼はそう言いながら、私の掌にビー玉を握らせる。

「……僕も―――」

夢はここでプチン、と途切れ一瞬にして現実へと引き戻される。

再び目が覚めた時、側に翔の姿はなかった。大分体調の良くなった重い体を何とか動かし、ゆっくりゆっくりと窓辺まで移動する。

―そして、自覚した。
私にとって雨谷の存在がどれだけ大切で、彼がいなければ、胸が苦しくて仕方がないという事実を。












熱から完全に回復してからは、感情の波に呑まれる日々が続いた。
大学に行かなくてはならないのにどうしても現実に戻ることが嫌で、携帯の電源も切ったままにした。

母はきっと私のことを探しているだろう。分かっていたけれど、どうしても母と顔を合わせることが嫌だった。
両親に楯突いたことも学校をサボったこともなかったのに、いざ行動に移してみると「こんなにも簡単なことだったのか」と唖然とする程で。重圧感のない生活がカラフルな色を持ったものだったということに否応なしに気付かされた。

ブラブラと散歩して目に入る自然が美しいことや、たわいのない会話が楽しいこと。
感情を飾らずにそのままの自分でいても翔は怒ったりしない。寧ろ笑顔で喜んでくれる。

翔のライブに足を運んだ時は、雨谷の姿がないか思わず周りを確認してしまった。けれど彼の姿はそこにはなくて、私は胸をなで下ろした。

突然大学に来なくなった私のことを、雨谷は「自分のせいだ」と責めているんじゃないだろうか。あんなことをしてしまったから、私を傷つけてしまったんじゃないかって。
違うんだ。責められる立場にあるのは私の方なのに。

「――いつきー、ねえ、ってば!」

翔に肩を強く叩かれ、意識が現実へと舞い戻る。
ここのところ気を抜くと雨谷のことばかり考えてしまって、そんな自分に嫌気が差す。

「せっかく遊びに来たんだから、神妙な顔しないでよ。こっちとこっち、どっちがいいと思う?」

黒と白のTシャツを両手に持ちながら、翔は私に「どっちかなー?」と尋ねた。

「こういうの、全然分からなくて…。だから全然当てにならないと思い…、思う」

「…知らないこそのセンスってあるじゃん。あ、これなんて樹にどう?」

シンプルな紺色のジャケットを指し示しながら、翔は言う。

「…いいんじゃないですか?」

「もー、また敬語!最近やっと打ち解けてきたと思ったのに」

長年培ってきた癖がそう簡単に抜ける訳もなく、意識しないと敬語になってしまうのが常だった。
なかなか変化に適応出来ないいい加減自分に呆れつつも翔から目を離すと、店員から「双子なんですか?」と声をかけられた。

「え?」と思い声のした方向に体ごと向けると、モデルのように目鼻立ちのはっきりした男性がニコニコと微笑みながら私達に注目している所だった。

「すみません、あまりに綺麗だったからつい話しかけちゃいました。雰囲気は正反対だけど、すっごい似てるなって。服のセンスも凄くいいですよね。どっちの見立てですか?」

翔は「そうなんです、双子なんですよ」と言いながら私の腰に手を回す。

「仲良しなんですよ、ねっ、樹?」

突然の投げかけにどう反応していいか困ったけれど、「…うん」と肯定の意志を表示する。

「服の見立ては俺です。見ての通り俺はチャラチャラしてるんですけど、樹は落ち着いてる感じなので一番シンプルな服を選んだつもりです」

「そうだったんですね。どちらもよくお似合いです。…羨ましいなあー、双子かー…」

「俺も双子でよかったな、って思います」

翔が私に小さく目配せをする。
濁りのない澄み切った瞳は蛍光灯に照らされて、光彩を放った。



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