自己存在【true】




心が真っ黒になって、自分が消滅しそうな気がした。
傘も持たずに家を飛び出してきたせいで、天空から降りかかる雨は私をびしょびしょに濡らしていく。

雨の雫と涙が一緒に混ざり合って、私の頬を滑り落ちていく。
天空から急落下してきた雨粒は、きっと私の代わりに泣いてくれているんだろう。自分を否定され、悲しみと絶望に苛まれ、ほんの微かな涙しか流すことのできない哀れな私に代わって感情を露わにしてくれているんだ。

私は綺麗な世界しか見せられてこなかった。母は、綺麗な世界しか見せてくれなかった。
けれど、外的な汚さがない代わりに内的な汚さが鬱蒼と私の中に生い茂った。
母は、私を理想の息子にしたかったのだろう。だから異質なものは遍く排除して、理想が崩れないように不可視の精神的重圧を与え続けた。

…寒い、助けて。
吐く息は白く、手は真っ赤に悴んで感覚が麻痺していく。芯から冷え切った空気が体中を取り囲んで、皮膚にはぞわっと鳥肌が立った。

道を歩く見知らぬ人々の視線が私に向けられていることが分かる。こんな真冬にシャツ一枚で、しかも傘もささずに歩いているのだから、当然だろう。

行くあてもなくひたすらに歩いた。
行きたい場所があるとしたら、それは温かい愛情を与えてくれる場所だった。私を優しく享受してくれる場所だった。
そんな桃源郷が存在しないことは分かっていたけれど、夢物語に思いを馳せてしまう。

「…雨なんて嫌いだ」

瞳に雨粒が入り込み、世界が灰色に滲んだ。
大好きだった雨は、いつのまにか大嫌いになって、ビー玉越しの世界も灰色にくすんで見えた。キラキラ光る天色の粒は、母に囚われた世界にいるうちに、いつのまにか漆黒の淀んだ粒になってしまった。

綺麗だったものが汚くなっていく感覚はあまりに恐怖で、苦しい。
好きだったものが嫌いになってしまうなんて、一体どうして…?



どれくらいの時間歩き続けたのだろう。
日は既に翳りかけていて、気温がどんどん下がっていっていることが分かった。

寒い、苦しい。助けて…。

無意識に大学の近くまで歩みを進めていた私は、ふいにポケットから携帯を取り出した。
助けを乞う相手などいない筈だった。
表面上でしか人付き合いをしてこなかった私には、ボロボロの内面をさらけ出せる相手は存在しない…、筈だった。

なのに、脳裏に一人の人間が浮かんだ。
私の心に透明な雨を落としては、黒く固まった部分を溶かしていく。

―雨谷雫月の存在が。

もしかしたら、彼なら。
彼ならば、歪な愛を正常な愛で塗り固めてくれるんじゃないだろうか。
傷ついて、ガタガタに崩壊してしまったもの全てを、綺麗な雨粒で洗い流してくれる。彼と一緒にいれば、嫌いになってしまった雨を再び好きになれる―。

そんな気がした。



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