Leo side





なんで僕のことを責めないんだ…せめて恨んでくれさえすれば、責めてくれたなら、少しは救われる気がしたのに…


それなのに…
僕が「グレン」だと知った今さえも彼は優しい微笑をたたえてこう言った―


―「そうか」―


どうして失望しない?どうして嫌わない?
君の未来を奪ったのは、僕なのに。


視界に黄金の粒が舞い落ちる。重なりあった光はより一層輝きを増して、この世界をさまよっていくんだろう。


僕はこの光が嫌いだった。
囁きかける声も、誰とも共有できないこの世界も、全てが僕にとって「無関係」でありたいものでしかなかったんだ。


その時、だ―
突然空間が崩れる音がした。


―地震…?―


このアヴィスという場所にひびが入ったかのように色んなものが流れこんでくる。
生じた亀裂からどこからともなく流れこんでくる、玩具、がらくた…


「リーオ!」


エリオットが叫ぶ声が聞こえた。その瞬間、強く肩を掴まれた。


「いってぇ…大丈夫か?リーオ」


引き寄せられて目を開けた刹那、僕の知っている声がした。


「ご主人様…。やっとお会いできましたね。」


アヴィスという世界の果てに唐突に現れた紅と金の瞳は僕にそう告げる。僕の隣にいる彼も一点を凝視して、一瞬にして言葉を止めた。

アヴィスへと扉。
一度入ってしまったらもう二度と出られないかもしれない。
光の世界はガラスの破片のように飛び散って、アヴィスという玩具箱へと成り果てるのだから。



それなのに、なぜ…?


「ヴィンセント…どうしてここにいるんだ…」


「駆けつけるのが遅くなり、申し訳ございません。ご主人様を守るのが僕の務めですから。」


そう言ってヴィンセントは僕に歩み寄ってくる。僕の目の前に現れた彼はうやうやしくひざまづく。
この向けられた瞳は、何を思っているのだろうか。


「守れなんて言ってない。僕達はただ、『目的』のためだけに結ばれた関係だろう?
務めならなおさら…僕は、『アヴィスの意志を破壊する』という責務を果たすだけ…。それ以上も以下も、何にもない…」


感情の赴くがままに言葉を投げつけたのに、ヴィンセントは「ふふ」と笑みを漏らした。


「なら、僕の意志でならよろしいのでしょうか」

「意志…?そんなの……」


一瞬、時が止まったように思えた。思いもよらない言葉を聞いて多分僕は戸惑いに戸惑いを重ねていたんだ。
その最中、隣で口を開きかける気配がした。


「っふざけるなぁぁぁぁ!さっきから黙って聞いてれば目的だの責務だのなんだってんだ!
大体!なんでお前とヴィンセントが……いや、そんなのはいい。でもな!お前らのやりとりを見てると妙にイライラすんだよ!」


突然発せられた罵声に僕ははっとする。何度も聞いたことのあるエリオットの罵声。
でもその言葉の何かが僕の心に突き刺さるような気がした。
「もう誰にも守られたくない」―「壊れて」しまいたいと願っていた僕の心に…―


「はは…相変わらずだね。エリオットは…。人の気持ちも考えずに言いたいことを言って…」


「な…」


「でもなんだか悩むのがバカらしくなってきちゃったよ」


彼の言葉を聞くと、目の前の闇が薄くなるように感じた。それは彼と出会った時から、ずっとそうだ。


「…やっとお前らしくなってきたな。うじうじ悩んだって、何も始まらねえんだよ。
それに俺のいない世界でも、お前のことを『大切に思ってくれる』奴がいるじゃねえか。
…ヴィンセント、頼んだぞ。」


「ふふ…エリオットに頼まれちゃ、断れないね。」


ヴィンセントが困ったような微笑を浮かべる。

「やっと伝わったか…
お前のことだから自分のことを責めてるんじゃねえかと思ってよ。それだけが心配でここまで来てやったんだ。
でも、もう大丈夫だな。」


エリオットはそう言うと、僕の方に手を差し出した。
彼の大きなその手は僕の手をすっぽりと包んでしまう。


「エリオット…?」


「もう一度言わせてもらうぞ、リーオ。お前はオレの従者だ。
本ばっか読んでオレのこともバカにしてくるけどよ、初めて出来た対等な存在はリーオ、お前だけだ。」


彼の体が眩い光に包まれ始める。追いついて行けない感情が僕の中で悲鳴をあげ、止まらない。


「もうそろそろ、時間だな。
言いたいことは全部伝えたからな。後悔はない。ただ、グレンだかジャックだか知らないがチビのことは頼んだからな。」


光は大きさを変えて、彼を飲み込もうとする。


「…エリオット!エリオット!僕は…僕は…まだ君に何も伝えられてない!
…エリオット…君は…君はっ…僕と会えて本当によかったの?」


「当たりめぇだろ」


エリオットはそう言い、優しく微笑んだ。



―――僕が最後に聞いた彼の言葉は、それ―――



僕の手からあったはずの温もりが、消えた―



僕の手に残ったのは、今にも消え入りそうな一粒の光…


後悔もある。未練もある。
でも不思議と今回の別れ≠ヘ絶望だけじゃない気がした。
それは多分、彼の残した「光」のせいだ。


横を見るとヴィンセントが何も言わずにゆっくりと歩き始めた。
それに伴うように僕も足を一歩前に出す。
彼がいない真っ暗な世界にも少しだけ光がみえたような、そんな気がした。





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