自己存在【true】




「…どうしてそんなことを言うの?樹ちゃんは私のことを否定するつもり?」

日の影ったリビングで、母の刺々しい言葉が反響した。

その瞳には氷よりも冷たく、一縷の優しさも含まれていなかった。刹那の幸福を自らの手で拭い捨てよう、などといった考えを浮かべた自分自身に後悔の念しか浮かんでこない。

「…だって、おかしいでしょう。兄弟の存在を知らせないままなんて……母さんが離婚したことは知っていたけど、双子の兄弟がいるなんて聞いてない…。どうして教えてくれなかったんですか…」

花宮の存在を知らなかったことにして生きていくなんて、不可能だ。
母がずっと隠し通してきた真実を、私は知らなければならない。あまりに歪みすぎた家族関係を、この目に焼き付けなければならない。

何も知らなかった振りをして優等生の多田樹のまま、これからを過ごしていけば傷つかずに済むのかもしれない。母の望むままの道筋に沿って生きていけば、変化のない日常を歩んでいけるのかもしれない。

けれど、もう耐えられなかった。
偽りの家族ごっこをすることも、嘘にまみれた自分でいることも。
これ以上どす黒い心を持った自分になってしまったら、二度と本当の多田樹に戻れないような気がした。

だから、恐怖の感情を必死で押しのけて母に尋ねたのだ。
―隠してることがあるでしょう?、と。

「言う必要がなかったからよ。私にとってあの人と結婚したことは人生の汚点なの。あんな破天荒で頭の悪い人間と結婚しよう、だなんて気がどうかしてた。 分かったらこんなことすぐに忘れてちょうだい。…樹ちゃんには関係ない話だわ」

「いいわね?」と有無を言わせぬ口調で母は述べると、リビングから去ってしまおうとする。

その刹那、今までせき止められてきた感情が氾濫を起こすのを感じた。プチン、と歯止めのストッパーが外れる音がした。

―ふざけるな…っ…!関係ない訳がないじゃないか!

「……っ、……母さんは、最低の人だ」

これが、生まれて初めて母に対して反言った反抗の言葉だった。
どんなに無言の重圧を与えられても、成績優秀であることを当たり前のように望まれても、私は一言も自分の意志を伝えたことがなかった。
母に従うことだけが、私の存在理由だった。

「関係ないわけないじゃないか…!母さんはいつもそうだ…。僕の意志なんてなかったように話を進めて、綺麗なものしか見せないようにする。っ、今まで一度だって、僕を見ようとしなかった。見てくれなかった…」

母の顔が感情を持たない人形のように変化する。毎日見てきた顔のはずなのに、その表情はあまりに恐ろしく冷徹だった。

「なんなのよ!せっかくここまで育ててあげたのに、何が不満なの?翔の存在を知らせなかったのがそんなに許せない?
だって、しょうがないじゃない。あなた達は全く同じ顔をしているのに、性格は正反対だった。翔は全然言うことを聞かなくて、破天荒で、我が儘で、あの人にそっくりで…。どう足掻いても愛せなかった。自分の子だと思えなかった。大人しくて賢い樹ちゃん以外はいらなかったのよ!」



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