disappear【消失】




「行為だけいうなら、…した、…と思う」

言葉を濁しながら多田と身体を重ねた日のことを思い出すと、今更ながらに恥ずかしさが激しくこみ上げてきた。けど、恥ずかしさよりも多田を傷つけてしまったんだろうかという思いの方が強く湧き上がる。

「うそうそ、…えっ…まじで?超冗談だったんだけど、…え、嘘…。まさかの事後?…て、ことはしーちゃんは多田君と付き合ってるの?」

「…付き合ってねえよ。…あれは、なんつーか……もう俺、正直どうしたらいいか分かんねえんだ。多田とどう向き合ったらいいのかも、どうやったら多田を救えるのかも…。話すと超絶長くなるんだけどいいか?」

千里はよく通る大きな声で「すいませーん、注文お願いしまーす」と店員のことを呼びつけると、俺に向かって静かに微笑みながら「いいよ、いいに決まってるじゃん」と言った。

俺は多田に双子の兄弟がいたこと、その人物が以前に酔っ払って介抱してくれた人物だということ、そして彼に告白されたことをひとしきり話した。
そして、多田が母親との確執を抱えているであろうことも、彼が愛に異常な執念を持っていて、母親の為に優等生の姿に固執しているであろうことを続けて伝える。

それを黙って聞く千里の表情は、至極深刻そうだった。纏まりのない長々とした話を嫌な顔一つせず真剣に聞いてくれることには、本当に感謝しか浮かばない。

「…なんか、フィクションの物語を聞いてるみたいなんだけど。生き別れの双子?母親からの精神的虐待?…ちょっと待って、色々考えさせて?」

俺が多田のことについてひたすら話し続けて。やっとのことで話し終わった時、何ともいえない雰囲気が俺達を取り囲んだ。

「とにかく、アイツが抱えてるものはすっげえ莫大なんだよ。生まれてからずっと母親に擦り込まれてきたものから逃れるのは相当勇気のいることなんじゃねえかな、って思うし」

「泣きながら助けを求めるって、尋常じゃないよね。多田君が完全に壊れちゃうような何かがあったんだろうけど…。それでしーちゃんに助けを求めた訳でしょ。歪んでない愛が欲しいんだって。…はあ、頭が痛くなってきた。今多田君はどうしてるんだっけ?…えーっと、その花宮くん?の所にいるんだよね」

唐揚げを口に放り込みながら、千里が途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「…みたいだけど、全然連絡ねえからどうなってんだかさっぱり分かんねえ…。はあ、ここんところまともな思考が出来なくてやべえんだよ。脳裏にずーっと多田の泣き顔がこびりついて離れなくて、胸がもやもやしてイライラするし…。俺はアイツにこれ以上傷ついてほしくない。合宿の時に傷つけておいて自分勝手だって思うけど、アイツが泣き叫んでるところを見ると、ほんと苦しくて堪んねえんだよ」

溢れ出す思いを心の中でせき止めることが出来ない。

多田に苦しんで欲しくない。笑っていてほしい。
初めてアイツのことを見た時、「優等生ずらしやがって、つまんねえ奴だな」とイライラした。絶対に関わることはないと思っていた。
けれど、本能的に感じた多田の違和感は嘘ではなくて、露わになった弱さはあまりに儚げだった。



[56]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -