disappear【消失】




「―雫月、いきなりメールしてごめんね。
今日いきなりライブ先に樹が来てさ。明らかに様子が普通じゃなかったし家に帰りたくなさそうだったから、ウチに泊めることにした。
…なんか、大学も行けなそうな様子だから暫く泊めることになるかも。色々と、話さなきゃいけないこともあるし。
とりあえず報告まで。何かあったら連絡するね。」

花宮が連絡してくれたことによって多田の居場所が分かり、本当に安心した。家出して行方不明のままどっかに行っちまったじゃないか、と危惧していた俺は、気が気でなかったのだ。

ただ、大学にも行けなそうな様子っていうのがもしかしたら俺のせいなんじゃねえか?と思えてならなかった。
俺があんなことをしたから。「僕を壊して」と懇願されて衝動のままに動いてしまったから。

「…多田君は、あれだよね」

ペラペラと分厚い書物を捲りながら村本が言葉を濁す。

「あれ?」

「彼は完璧人間に見えるけど、自己愛が欠落してるように思えてならない。自己愛を愛することも、多田君にとっては必要なんじゃないかな。…ま、僕の勝手な憶測なんだけれど。もし多田君の居場所が分かったら僕にも教えて?彼のいない文芸部は張り合いがなくてつまらないんだ」

ひとしきり言葉を喋り終わると、村本は俺なんかそっちのけで本を読むことに集中し始めてしまい、完全に自分の世界に入り込んでしまった。

「…はあ」

口から溢れるのは大きな溜め息ばかり。
ごちゃごちゃになった感情が一体全体どうなってしまっているのか、自分のことだというのにさっぱり分からない。

俺は多田にとって何なんだ?
知り合い?友人?
恋人?

違えよな…。やっていることは恋人同士の行為だけど、伴っていた感情がそうじゃないんだから。

あー、何も分かんねえ。
今まで付き合ってきた彼女に抱いた感情とは明らかに違うものが、胸にぐるぐると渦巻いている。表面的な情緒じゃなくて、もっともっと深奥の心情が疼いているような感じ。

好きとか愛してるとか、そういう簡単な言葉では表象できない何か。
好きと言うよりも助けたい、温かな正常な愛を与えてやりたい、っという感覚がひたすら俺の脳裏に張り巡らされて離れない。








それから一ヶ月程の間、俺は落ち着かない気持ちを常に抱えながら過ごした。
テストにゼミ発表、レポート、と鬼気迫るものに大量に追われていたが、何とか死ぬ気で終わらせて全てが終わった時には俺はもうヘロヘロだった。

心にぽっかりと空いた穴を埋めるように日々の忙しさに身を任せて、目の前のやるべきことをこなすことに必死だった。
けれども俺の心から多田の存在が消えることはなく、寧ろどんどんと色合いが濃くなっていくばかりで。花宮からの連絡を今か今かと待ち続けている自分がいたのは紛れもない事実なのだった。



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