disappear【消失】




新年の祝福ムードはテストとレポートの山に掻き消され、現実の重圧が学生達に押し寄せる。
今まで出席者の少なかった授業にもやたら多くの学生がやってきて、休んだ分のプリント集めに躍起になっている。学内には謎の緊張感が生まれ、そわそわと落ち着かない雰囲気が暫くの間続くのだろう。

「雨谷君、テスト勉強は進んでる?」

部室に入るやいなや、村本にそう話しかけられた。
迫り来る現実から目を背ける為に部室にやってきたというのに、どうしてこの男はこういうことを言うんだろう。

「進んでねえよ。完全にノー勉。レポートは四つ抱えてるしマジで詰んでる」

机に突っ伏しながら返答すると、村本は「多田君が来なくなったからやる気が消失したんでしょ」と言った。

「…違う」

「違わないね。最近の雨谷君は恋する乙女みたいに気怠げだし、僕は前々から気づいてたよ。君が多田君に惹かれてたって」

「っ……はあ?何言ってんのお前」

思わずお前と言ってしまうくらいには村本の言葉度肝を抜かれた。

俺が多田に惹かれてる、だって…?
―惹かれてる…?

「僕は間違ったことを言ったつもりはないし、現に今だって思い悩んでるじゃないか」


一ヶ月程前―。
雨降る夜に多田にあんなことをしてから、彼は大学に姿を現さなくなった。
彼が達した後は快感と静寂が俺達を取り囲んで、まるで現実世界がどこかへ逃げてしまったかのようだった。
暫く時が経ち、お互いに冷静さをとり戻した際には迸る熱はとうに冷めてしまっていて。俺達は決して恋人同士ではないのだ。俺は多田に快楽を与える為だけにこんなことをしたのだと我に返った。

俺は多田にシャワーを浴びさせると、自分も後に続いて風呂場に向かった。
しかし、シャワーを浴びて部屋に戻ると彼の姿はどこにもなくて…。
やはり多田にとって俺の存在はこれっぽっちのものだったのだと、非情な現実を突きつけられたのだった。

「一体どこに行っちゃったんだろうね、多田君は。せっかく薦めたい本があったのに…。あれだけ真面目にやってきた人が突然来なくなるなんて、何があったんだか」

結局のところ俺は、多田が崩壊寸前で泣きながら電話をかけてきた理由を知らない。

―愛が欲しい。

学祭の時も、この間も。彼が必要としているものは愛だけだ。
息子に過剰な期待を寄せてしまった母親と、それに完璧に応えてきた多田の親子関係は確実に歪んでいる。他人である俺だって、そんなことくらい簡単に理解できる。
大体、二人の息子を引き離したまま何も知らせずにいた地点でかなりいかれてる。生まれてから今に至るまでの時間はどう足掻いたって取り戻せないというのに。

「雨谷君は知ってる?多田君がどこにいるのか」

「…知るわけねえじゃん」

「だよね。知らないからこれだけ悩んでるんだろうから」

ごめん、村本。知らないっていうのは嘘だ、と心の中で呟きながら口から嘘の言葉を発する。

ぶっちゃけると、俺は多田がどこにいるのか知っている。つい三日程前花宮から多田の居場所を知らせるメールが送られてきた為だ。まさか多田が花宮に会いに行ったとは皆目思っていなかったから、心底驚愕した。あの二人が連絡を取る手段なんて、俺の知る限りではなかったと思うし…。



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