Rain【雨降る夜】




「…ビー玉?」

胸に突き放された痛みをジンジンと感じながらも、幻想的な輝きを放つビー玉に思わず手を伸ばす。
ガラスの重みが掌に感じられるそれは、ひんやりと冷たかった。青空と雨を織り交ぜた世界が、小さなガラス玉にギュッと凝縮されていた。

「…おい、これ」

俺のことを突き放したままベッドの隅にじりじりと後退りをする多田に、独り言のような言葉をかける。

はだけたシャツと、下ろされたズボンからはっきりと眼前に映り込んでくる絹のようにきめ細かで美しい肌。そしてそこに点在する真っ赤な印。
快感に酔いしれることに必死で、自分がここまで無数のキスマークをつけていることに気がつかなかった。
白と赤のコントラストが妙に色っぽく艶やかで、胸が捩れる程に苦しくなる。

「…っ、…こんなもの、いらない……!」

百合の花からボロボロと涙が溢れた。
多田の手が俺の掌に即座に伸ばされ、ガラスで出来た雨粒を払いのけようとする。

「…っ、……おい!」

俺はビー玉を掌に包み込んだまま、多田の細く華奢な腰を乱暴に押さえつけた。

「…うぅ…っ…、ぅ、…っ、……助けて…、名前、…呼んで……僕のこと……」

しゃくりあげる嗚咽に息することもままならない様子の彼は、ベッドシーツの端を健気に握りしめながら小さく懇願する。

名前で呼ぶ。
たったそれっぽっちのことが、多田にとっては優しくて愛おしい行為なんだ。コイツはずっとずっと、嘘偽りない樹でいたかったんだ。

「……樹」

自分の声が自分じゃないみたいだった。
本当の愛を知らない哀れな存在を救済したい。それだけが俺の願いだった。

煩く降りしきる雨が、多田の苦しみを洗い流してくれたらいいのに。
迸る熱に抗うことは不可能で、火照った体は既に崩壊寸前の所まで来ていた。
不思議なことに、多田のそこはほんのりピンク色で汚らわしさを一切させない。
ガタガタと震えている体も、乱れてぐちゃぐちゃに鳴った心も全てを受け入れてやりたい。強く、そう思った。

俺は多田に優しく抱擁すると、もう一度痛々しい傷跡にキスをする。今度は鮮やかな赤い印がつくように、痛みが伴うような鋭利な口付けをした。

「…勃ってる」

彼の性器は既に快楽に晒されてしまっていて、大量の先走りが窪みから零れ落ちていた。
甘く痺れる刺激をもう少しでも与えたら、恐らく達してしまうだろう。

「……っ、こわ……い……」
「…なんで?…何もかも忘れるくらい、快楽に溺れさせてやるのに」

恐怖の念が快感の希求よりも勝っているらしく、多田はフルフルと小さく首を振る。何が怖いのかさえ、今の彼にはきっと理解出来ていないのだ。

「怖くない。今は快感に身を任せて、それに溺れちまえ。苦しみなんて、全部忘れろ。…な、樹?」

肯定の意志を得るより前に、欲望にまみれた激しいキスと愛撫を繰り返す。透明で粘着質の液体を零す性器を口に含もうとすると、彼は凄まじい抵抗をした。

「き…、汚いから…!…やめて…っ……」
「…汚くねえよ。全部、綺麗だ」

愛とは一体何なのだろう。
俺は多田をまた傷付けているんだろうか。答えの出ない自問自答を繰り返しながら、体中が痙攣するような刺激を与え続けた。
膨れ上がった性器は、一本の指でなぞっただけで蕩けてしまいそうだ。

「…や……だ……っ、…出したい……ねえ、っ……」

舌先でそこに付着した液体を舐めとっただけで、多田の身体は全身ピクン、と痙攣する。

「…いいよ、出して」
「んっ……ぅ、…は…ぁ…」

その途端、どろりとした白濁色の液体が滴ったのが分かった。
彼の息は荒く、額にはじんわりと汗が滲んでいる。

「…雨…谷…、くん」

消え入りそうな掠れ声が部屋に響き渡る。
多田の潤んだ瞳に映るのは絶望を孕んだ悲しき世界のみ。

…真っ暗な世界には冷たい雨が降り続いていた。 



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