Rain【雨降る夜】




家に着くまでの間、俺達は終始無言だった。
多田の細い手首を掴み先導して歩く俺と、真っ赤な顔を真下に俯けたまま俺に引き連れられる多田。
抵抗の言葉も行動もなかった。俺の為されるがままに、多田は黙りこくって静かに後をついて来た。

細く狭い階段を上ると、自宅の玄関がすぐ目の前に現れる。
俺はびしょびしょの手をポケットにつっこむと、冷たく冷え切った鍵を取り出して玄関のドアを開けた。

「…入れよ」

明らかに客人をもてなす雰囲気ではなかった。これから一体何が起ころうとしているのか、お互いに全てを理解しているようだった。

茶色のフローリングにポタポタ…、と雨の雫が落ちていく。
どんよりと立ち込めた雲のせいでただでさえ薄暗かった外が更に暗くなった。夜の訪れにより世界は暗転し、明るさを持たなくなる。

外は、暗い。雨はしとしとと降り続いている。
多田が再び涙を流しながら俺の瞳を捉えた。

「…ねえ、雨谷君…」

桜色の唇からかそぼい声が小さく漏れて、多田は俺のことをじっと見つめたる。
その言葉が合図となり、俺は多田をベッドへと押し倒した。

「…ひゃ…っ、…ん……っ」

柔らかい唇に深い口付けをすると、五本の指に神経を這わせながら丁寧に優しく愛撫をする。
冷え切った体はガタガタと震えていて、触れる場所全てが氷のように冷たい。
唇に、頬に、首筋に、小さなキスを落としながらゆっくりと濡れきったシャツのボタンを外していく。

「…ん、… ふ…っ…ぅ 」

その間も口付けをやめることはなく、柔らかい唇の内部にざらざらとした舌を入れた。
唾液の混ざり合う感覚と、意識が理性の保たれた世界から引き離される感覚。

「…っ、…ん…うぅ…っ…、ぅ、」

性的快感を得ている声と、悲しみに溺れている声が混ざり合う。
一瞬だけキスすることを止めて多田の表情を見やると、彼はボロボロと涙を流しながら泣いていた。

嗚咽は低く掠れていて、多田がどれだけ苦しんでいるのかがひしひしと伝わってきた。
震えた唇と上気した頬、そして真っ赤に充血した瞳。この世に存在する苦しみを全て抱え込んでしまったのでは?という程に彼の姿は痛々しかった。

俺は露わになった華奢で到底男のものとは思えない二の腕を、雫のついた指でさらり…、と撫でつける。たったそれだけの行為なのに、深い口付けと愛撫によって敏感になってしまった多田の体はピクン、と淫らに反応した。

「…っ、…やめて…っ、」

甘く掠れた声は、俺の脳裏に直接響いてくる。
やめて、と言われるともっと苛めたくなってしまう。母親に愛されたいという欲望を完全に忘れさせるくらいに、快楽と背徳感に溺れさせたい。

「偽物の愛の為に、自分を捨てる代償を払う必要はないだろう?」

俺が多田にずっと伝えたかったこと。
始めて多田を目にした時から、胸の中にもやもやと渦巻いていた疑問。
そうか。俺が彼に言いたかったのは、これだったのだ。

優等生の姿を演じて何になる?
ちっぽけな偽物の愛情を受け取る為だけに、こんなボロボロになるほど苦しんで。自己犠牲もいい所じゃねえか。

「……なあ?…樹」

はっきりと彼の名を呼ぶと、二の腕の痛々しい切り傷に先ほどよりももっと優しく柔らかい接吻をした。

「……ぃ、や……っ、見ないで……!」

俺の手首に多田の手が伸ばされる。俺はそれを静かに払いのけると、抵抗出来ないように両手首を抑え込んだ。

「こんなに自分を傷つけて、よく壊れなかったな」

傷のほとんどは過去につけられたと思われる古傷だったけれど、二の腕の上部にある幾つかの傷は蚯蚓腫れのものもあれば、瘡蓋になりかけているものもあった。



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