Rain【雨降る夜】




「こんなこと、現実にあるのか?大体離婚したからって言って、お互いの存在を知らせないなんておかしいだろ…」

「…おかしいよ。頭が狂ってるとしか思えない。…大概おかしな親父だとは思ってたけど、呆れて何も言えなかった。ごめんって謝られたけど、許す許さないの問題じゃないんだよ、これは」

彼は呆れた口調で言葉を続ける。
左耳に付けられたチェーン状の星のピアスがゆらりと揺れて、小さく光った。

「ねえ雫月。樹ってどんな人?たった一人の兄弟なのに、何も知らないなんて悔しいんだ。この間はあんなガヤガヤした所だったし、ちゃんと話せなかったから」

「多田は…、」

先に続けるべき言葉に悩んだ。

俺だって多田のことを全然知らないじゃないか。名前と姿だけは入学式の日に知ったけど、実際関わるようになったのはほんの半年程前からだ。
関わる、って言ったって大したことは話してないし、俺はアイツのことを何も知らないに近い。
ついこの間、初めて彼の苦しみを垣間見たけれど、それだって深いことを知れた訳じゃない。たった一つ分かったことは、「多田は母親に愛されたいんだ」ってことだけだ。

「眉目秀麗、成績優秀。高校時代は生徒会長やってて、常に誰にでも敬語で話してる。こう改めて考えると、花宮とは真逆だな」

「やっば。確かに見るからに優等生オーラ出てたし自分とは住む世界が違うな、とは思ったけど。けど、血が繋がってるどころか双子、しかも一卵性双生児なんだよな。…はあ、自分で言ってて不思議な感じがしてきた…」

「…けど、多田は苦しんでる。アイツがあんなに優等生の姿に固執するのは母親との確執があるからだって、知っちまったんだよ…」

―…だって、そうしないと母さんに愛されないじゃないか!

百合が健気に咲く冷たい空間で吐き出された、多田の本心。
実態のない愛を求める為に、あれだけ苦しむ必要なんてないのに。自分を捨ててまで、愛情に固執する意義などないのに。

けれど、多田にとっては愛されることが己の存在理由なのだ。ねじ曲がった愛情への認識は彼の心をどす黒く、そして遍く支配している。

「…確執?」

「優等生でいないと、成績優秀でいないと、母親に愛されないって。…泣きながら、そう言ったんだ。けど、愛されないなら愛されないで別にいいじゃねえか。母親はそういう人間だったんだって、腹をくくって…。それで、自分は自分の思うように生きればいいだろ…?」

「…うん。大体愛って自分を偽ってまで貰うものじゃないでしょ。
母さんが俺を引き取らなかったっていうのも、俺が樹と全然似てなかったからなのかな。そうなんだろうね、多分。」

花宮は悲しそうに言葉を漏らすと、小さく溜め息を吐きながら頬杖をついた。その細く美しい指が仄かに暗い空間で際立って見える。

「俺はどうしたらいいんだろう…?とりあえず樹とはちゃんと話した方がいいだろうけど、…母さんにも会うべきかな。けど、俺の勝手な憶測だけど、母さんとは会うべきじゃないような気がするんだ」

「俺の勘って案外当たるんだよ」と彼は言葉を続ける。

俺が動かしてしまった二つの運命の歯車に、一体どう対処したらいいのだろう。一筋縄ではいかない莫大な壁が、目の前に立ちふさがっているような気がする。

その壁をぶち壊すには、多田の心を打ち破らなければならない。
そんなことを、俺は思った。



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