欲望【hope】




舞台上に花宮翔が現れた時、自分の目も何もかもおかしくなってしまったのかと思った。
自分と合わせ鏡のような容姿を持ち合わせた彼は、私の幼少期の記憶をありありと思い浮かばせて、隠された真実を一瞬にして目の前に露呈した。

―…翔、

彼の名を呼んだことは本当に無意識だった。
だから、自分の口から「翔」という名前が紡がれたことに気が付いたのは少し時間が経ってからだった。

―知らない筈の人間を、私は知っている?
いいや、知っているからこそこんなにも胸がざわつくんだ。現に、私の脳裏の記憶はガンガンと警鐘を鳴らしている。
複雑に歪んだ真実がここにある、って。

花宮翔と実際近くで顔を合わせて話をしてみると、最早彼のことを「知らない人間」だとは考えられなくなった。
第一に、花宮という苗字に聞き覚えがある気がする。翔という名も、キラキラと輝く星のような姿も。何よりも、これほどまでに同じ容姿をしているのだから。

そして、私の夢の中には自分そっくりの少年がよく登場するのだ。その少年の特徴と、花宮は一寸の狂いもなくガチっと嵌った。
それに、花宮だってこう言っていた。
「夢の中に俺と同じ顔をした少年が出てくるんだ」と。

もう、事実が確定したも同然だ。
誕生日も一緒で、お互いがお互いの名を無意識ながらに呼び合った。そして、双方が双方の夢を見ていた。

ああ、決まったも同然じゃないか。
これがこんなにも長い年月の間、母も、そして本当の父もひた隠しにしてきた事実なのだろう。完全に崩壊してしまった夫婦の関係の中で、交わされた秘密なのだろう。 

あのライブの後、幾度となく母に本当のことを尋ねようと思った。
運命の因果なのか花宮と出会ってしまった以上、真実を知る義務が私にはあるはずだ。
けれど、恐ろしかった。
もし母に「隠してることがあるでしょう?」と尋ねたら、今まで積み上げてきたものが全て崩れてしまう。そんな気がした。
例え母と交わされた愛情が傍から見ると狂ったものであっても、いざ自分でそれを壊すとなると怖くて堪らない。ギリギリの細い糸を保っている、そんな表面上だけの偽りの幸せであっても、刹那の幸福感に包まれるには重要な要素なんだ。

悩みに悩んで、どうしようもないほどに心が真っ黒になっている時に、学祭の季節はやってきた。イベント独特の皆が浮き立つような雰囲気は嫌いではないけれど、何となく自分が一人ぼっちで置いて行かれるような気がして怖かった。

まさか、とは思った。
私が春乃に恋して破れたのは随分と前のことなのに、まだ自分がそのことを克服できていないだなんて。我慢していた苦しみが春乃と一縷を目の前にした途端、一気に押し寄せて制御できなくなった。

…私を愛して欲しい。
そして、手を掴んで私の知らない世界へ連れて行って欲しい。

今まで「完璧な多田樹」を演じてきて、自己の感情がコントロールできなくなるということはなかった。それなのに、今回ばかりは感情のストッパーが制御不能に陥った。
涙が溢れて、止められなくなった。
やはり私は春乃のことを愛していたんだと、この場に及んで再認識せざるおえなくなった。

閑散とした日の当たらない冷たい空間で、止められない涙を灰色のコンクリートへとポツポツ落とす。
誰にも見つからないように、嗚咽が外に漏れないように。



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