欲望【hope】




もしもそれが出来ていたならば、こんなことにはなっていない…!
嘘が嘘を呼び起こし、取り返しのつかない事態へと引っ張っていく。

何故。どうして。どうしてこんなことになってしまったのだろう。
私は「普通」に愛されたかっただけなのに。必要として貰いたかっただけなのに。

雨谷雫月と出会ってからというもの、心の奥底に押し込めていた感情が叫びをあげていることをひしひしと感じる。
彼が私の前に姿を現してから、見ないようにしていた自分自身の本当の姿がどんどんと浮き彫りになっていることを身に染みて感じるのだ。

あの夏合宿の時、突然体を抑え込まれて、しかも二の腕の傷まで見られてしまった。
彼の乱暴な言葉は、あれほどに粗雑であるのに、正確に的を得ていた。

―名前、呼んでほしかったんだろ?…自分の存在を分かって欲しかったんだろ?

どうして分かるんだ。どうして、透明な雫を私の真っ黒な心に落として濡らしていくんだ。

いっそのこと、全て壊してほしかった。骨ばった大きな手で私の全てを抑え込んで、起き上がれないようにして欲しかった。
けれど、弱虫でちっぽけな私にはそれを強要する勇気がなかった。自分を壊されたいと望みながらも、壊されたくないという望みも持ち合わせていた。
壊されることに対して母への罪悪感を拭い取ってくれさえすれば、私は背徳感に包まれたまま奈落に落ちるだろう。
母に代わる愛情を誰かが与えてくれるなら、そうしたら自由になれるのに。

「愛されない俺を愛してくれ、か…」

思わず口ずさんでしまったメロディーは、一か月程前に雨谷と見に行ったライブで耳にしたものだった。
ライブなど行ったこともなかったし、自分とは無縁ものだと思っていた。だから雨谷に誘われた時は、その返答に心底困り果てた。何故この人は私に声をかけたのか、只の気まぐれなのだろうか?と不思議でならなかった。
大勢の生徒達の前で頭を下げて謝られたことだって相当驚愕したのに、その次はライブ?一体詫びる気持ちと何の関係性が?と疑問に思わずにはいられなかった。

雨谷は、よく分からない人だ。
二ヶ月も謝ろうかどうか思い詰めて悶々とした思いを抱えるくらいならば、最初からあんなことしなければよかったのに。いくらお酒に酔っていたからといって、理性が丸ごと制御できなくなるだなんてどうかしてる。

彼から「ごめん」という言葉が発せられた次の瞬間、自分から零れ出した言葉に驚いた。
絶対に許せない、と怒りに似た恐怖の念で心の中が埋め尽くされていたのに、彼が謝ってきた瞬間にそんなことはどうでもよくなってしまって。
「許す」「許さない」の感情よりも、「雨谷との縁を切りたくない」という欲望が突如として湧き上がった。

―今彼との縁を断ちってしまったら、二度と救済者に会えないのではないか?もしかしたら、もしかすると彼ならばいつか私を救い出してくれるのではないか?

自分勝手な淡い期待がグルグルと体中を旋回する。
救われたい、救われたくない。
母の呪縛から解放してくれる人間を必死に望みながらも、私は母と対峙することを激しく恐れている。ちっぽけで内気で弱虫な私を唯一肯定してくれたのは母だから、例えその関係性が異常であっても私にとっては母の存在が特別なものなのだ。



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